会社が全てじゃな〜い。フリーランスという生き方。

昨日、先日発注したBC反が届きました。
難点がわかりやすいものと、
どこが難点なのかほとんどわからないものとがありました。
難点が明らかにわかりやすいものだけ、トワル用に1反販売にして、
「どこが難点なのかぱっと見分からない・・・。」
と思えるものは、BC反救済コーナーを設けてご紹介しようと思いましたよ。

色がいい、質感が良いなど、すごくテンションが上がるものがあったので、
それは仕入れ先にストックしてある在庫分全部を追加発注しました。

少しでも多くの生地が、少しでも多くのお客様に届いたらいいなあと思います。

生機の生地見本も届きましたので、
2種類ほど発注しました。

「あっ!これとこれがいいな。かわいい生地だ。」と言って発注書を書く私を見て
オットは
「こんなに小さな見本を見てよく判断できるね。」
と言って驚いていました。
私がチョイスしたものは、1cm角ぐらいの小さな小さなカケラが見本用の台紙にチマっと貼られているものでした。

「プロなのでね。目利きには自信があるので。」と答えましたよ。(笑)
偉そうですね。

生機は畳み反の状態で納品されるのではないかなと思うのですが、
1反100mもあるので、私1人で持ち上げる自信がありません。
なので発注書にその旨も合わせて記入しました。

どこか適当な場所で鋏を入れて2反ぐらいに分けて送ってもらえたら嬉しいなあと思っています。

この生機も、届いたら状態をチェックした上でどのようにご紹介するかを決めたいと思いますよ。

新着用の正反の生地は全て揃ったのと、前回の新着の出荷が追いつきましたので、
次の新着の準備を始めていこうと思っているのですが、
BC反や生機など、厄介な商材を取り扱うので、入念に準備を進めていこうと思っていますよ。

次次回用の生地も発注したので、またしばらくの間、事務所内で生地がトグロを巻くような状況になるかなと思います。
ちょっと忙しくなりそうです。
先日、携帯に突然電話がかかってきました。
以前何度か仕入れさせてもらったことのあるバッグや皮小物のメーカーさんでした。
「うちの商品を買ってください。」との営業電話でした。

そんなにたくさん購入した履歴があるわけじゃないのに、
うちみたいな小さなネットショップにわざわざ電話で営業をかけてきたことに対して、
内心すごくびっくりしました。

大概、うちみたいな小さな小さな、しかもネットショップしか持っていない店は
「お取引お願いします。」とこちらから頭を下げても
「審査の結果御社は当社の取引相手としては相応しくないと判断されましたので、お取り引きはこちらからお断りいたします。」
と言われるのが普通でした。
それが先方から「商品を買ってください。」とわざわざ電話をかけてくるようになったということは、
それだけ経済が停滞しているということなんだろうなあ。と思わざるをえませんでした。

え、大丈夫かな?その会社。と、日本の経済。

と、
思いました。

正直に。

「カタログ送らせて下さい。」と言われたので、
「以前登録していた蔵前から高円寺に移転しました。」
と言いましたら
「え、このご時世で事務所移転できるなんてすごい力持ってますね。儲かっているんですか?」
と言われました。

すごい。言い方があからさま。ひょっとしてこの電話の主、経営者かしら?
と思いました。

正直、力はないですよ。
Wildberryなんて小さな小さな地味なお店ですもん。

Wildberryというお店を先に知っていて、
事務所に来たことがある人が口を揃えて言います。
「思っていたよりもずっと小規模なんですね。」と。
なんだかスタッフを複数人雇ってシステマチックにやっている印象なのだそうです。

「まさかこんなに小規模だなんて思ってなかった。」
とは、よく言われます。

昔が結構大規模にやっていたからかしら?
でも、実際よりも大きく勘違いされることによる弊害ってあるのかな?
と、最近は思います。
実際よりも小さく勘違いされることによる弊害は多分あると思いますが。

ただ、今のご時世、小規模だからこそ続けられる、なんていう状況も
ひょっとしたらあるのかもしれないなあ。
なんてことを思う時があります。

「これからは一億総フリーランス時代になるよ」なんて少し前から言われていましたしね。

「それって面白いな。全ての人がしがらみから解放されて自由に生きることができるようになるのか!」
と思うとワクワクしました。

現代社会を生きる私たちは
意外と
「こうあるべき」とか「こうでなければいけない」みたいな
誰が決めたのか分からないけどいろんなルールに縛られがちで、
それを守らないと何かよくないことが起きるみたいな強迫観念にも
縛られがちなのかな〜。と思いました。

「これが幸せである!」的な雛形が漠然とあって、
「それ以外は認めない」的な強迫観念も漠然とあって、
そこから外れないように細心の注意を払って生きることを余儀なくされているように感じます。

今の日本の社会に生きている人たちは
「正解」を求めがちで
「これって正解なの?」みたいな風に考えがちなように見えるなあと思うことが多々あります。

娘が、勤めた会社を辞めたい、となった時に、
娘に頼まれて娘と一緒にその会社の上司に挨拶に行ったことがありました。

その時に上司(娘はその人のことをすごく人格者で優しい素晴らしい人だと言っていました)が娘に発した言葉が印象的でした。

「大人になって生活をするためには『絶対に』どこかの会社に所属して給料を得ないといけないんだから、無理してでも会社組織に適応できるようにならないといけないよ。(これは君のためを思っていってあげているんだよ。)」(ニッコリ)
「君が社会に適応できないというのだったら、障害者枠で雇用してもらうという方法もあるから、そっちの方向も検討してみたらどうかな?まずは精神障害者であるという認定を精神病院にしてもらって、役所に障害者手帳を発行してもらうといいよ。」(ニッコリ)

絶対に、ねえ・・・。
精神障害者、ねえ・・・。
じゃあ「絶対に会社組織に所属しないといけない」を守らずに生計を立てて娘を育ててきた私のことは
その上司的にはどういう格付けになるのかしらね?

でもその時に私は愛想笑いをするだけで、
一言も発しませんでした。

私の意見や考え方を発言しても「絶対に」理解されないだろうなと思ったので。
時間とエネルギーの無駄だな。と思ったので。

会社からの帰り道、
娘は「せっかく入れた会社を辞めちゃってごめんなさい。」と目を真っ赤に腫らしながら私に言ったので、
「よく辞める決心ができたね。ちゃんと辞めたいって言えて偉かったね。よく頑張ったね。」
と言いました。

「ママの考え方と違う意見を言われていたけど、なんで黙って聞いていたの?」
と聞かれましたので、
「言ったところで理解できる人とできない人がいてさ、多分あの人は理解しようとしないタイプの人だから、言っても時間とエネルギーの無駄だなと思ったから、愛想笑いをしてその場をやり過ごしたの。」
と答えました。

「あの上司、すごく人格者で優しくて良い人なんだよ。」
と言ってきましたので
「うん、そうだね。そういう風に見せるの上手いね。私の目には偽善者に見えたよ。」
と言いました。

「大概の人に対しては自分の意見を伝える努力をするママが、その努力さえしようとしなかったって初めてみたかも・・・。」
と言ってきましたので、
「マナは若いからまだわかんないかもしれないけど、半世紀近くも生きてしかも自分で商売なんかやっていろんな人のいろんな考え方に触れる機会が多いと、話せる相手と話しても伝わらない相手がいるっていうことに気づくもんなんだねえ。マナが悪いわけでも、あの会社が悪いわけでも、そしてあの上司が悪いわけでもないよ。価値観が違いすぎてたってだけだね。」と私の意見を伝えました。

「これが今の社会の価値観なんだろうな・・・。」
と思いながら。

普通はこうでしょ
こうあるべき
こうでなければならない
絶対に

私も育つ過程で山ほど聞かされてきた言葉なので、
その言葉が持つ呪いのような力はよくわかります。

今は社会全体が、全ての人にその呪いをかけるような時代になってしまっているのか・・・。

自分で商売をしていて、会社組織とかいわゆる「普通はこうでしょ」な社会とかけ離れてずっと生きてきた私にとっては
「今はこうなってしまっているんだ・・・。」
と勉強になりました。

「これからは一億総フリーランス時代だなんて言われているのになあ。」
とも思いました。

自分自身がフリーランスで仕事して生きてきたので、
「どこかの組織に所属するために自分を捨てて努力しなくてはいけない」
という概念を完全に失ってしまっていました。

いや、会社(テキスタイルメーカー)に所属したこともありましたが、
2年半ですぐ辞めちゃったしね。
「生きるための糧を得る方法(Wildberry)があるのに、なんでこんな理不尽に屈しなくちゃいけないんだろう?」
と思い、東京勤務になってからは緩衝材役を買って出てくれていたF先輩やAちゃんの存在がなく社長と私の一騎打ちみたいな感じで
親子ほどの年齢差があってその分経験値が段違いな社長に意地悪されたり八つ当たり素材(サンドバック)にされて体を壊したので。

古巣のテキスタイルメーカーに入ると決まった時に、
船場の複数の会社の社長さんから
「あそこに入るのはやめておいた方が良い。関わるとろくなことがないよ。体壊して辞めた人もいるし、船場では悪名高くて有名なんだよ。」
と
異口同音で言われました。(笑)。

実際に中に入って
「彼らが言っていたのはこのことか〜!」と思って納得しました。

辞めた今は社長と仲良しですが。(不思議)

多分自分の思うところなどをちゃんと伝えて辞めたので
辞めた当初はかなり恨まれただろうし憎まれただろうと思いますが、
「そういうひどいところもありつつも社長はやっぱり生地作りの天才だと思う。」と率直に伝えたので、
社長も複雑ではあったとは思いますが、
理解してくれようと努力してくれているのではないかと思います。
社長的も「あいつ俺を裏切った」と思っていたはずなのですが
「あの頃はヘルニアが悪化して体が思うようにならなくて焦りやイライラを全部お前にぶつけてしまっていた。悪かった。今はリハビリの効果があって痛みもないし昔に比べたら驚くほど動ける。」と謝ってくれました。
もうおじいちゃんだから、人間が丸くなったという部分もあるかもしれませんね。

F先輩には
「社長、身内には悪魔やけど、部外者には仏やんか。あんた部外者になったからあたりが弱くなっただけやで。」
と言われましたが。

そうなのか・・・。
てか、そうかも。

と思いながらも
今は社長とは概ね良好にやっています。
(時々このクソジジイと思うこともありますが)


先日友人と話をしていて、
とある活動を一生懸命頑張っている人がいる、という話になった時に
「そうか、強烈なトプダウンを好むタイプの人もこの世の中には存在しているんだなあ。」
と思いました。

ただ、「普通はこうでしょ」の呪縛に駆られて脅迫的にそれに従っていても、それに対して何かしらの息苦しさを感じながらも我慢して生きるタイプの人も
意外と多いかもしれないなあ。とも思いました。

日本って価値観の多様性を認めたがらない国民性というか社会通念なのかな?と思いますが、
「風の時代に突入しましたよ。」なんて言われて少したった今、
なんていうか漠然と、もっと人々が自由でいられるような、
価値観の多様性が浸透していくのかもしれないなあ。と思います。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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