綿製シャツがアメリカで輸入禁止されたユニクロの見解発表に世間からは非難の声が爆発|ニフティニュース

ウイグル問題によって、世界中で不買運動が勃発している『ユニクロ』。5月25日、アメリカで綿製シャツが
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なます事故

昨晩は満月でしたね。
親友が函館の夜景と満月を映した写真を送ってくれましたが、
幻想的であまりにも美しくて、感動しました。

夜の海と、ブルーに輝く船と、そしてライトアップされた金森倉庫群。
それらを見下ろす煌々と明るい満月。

函館は、綺麗な街だなあと改めて思いました。


少し前に、
「そろそろ秋だね。秋の味覚が楽しみだね。」
とオットと話していました。
「松茸まだかいな。いくらまだかいな。」
と楽しみにしています。

ちょっとおセレブなスーパーだと、
国産の松茸がそろそろお目見えしてきているのですが、
1箱19800円していたので、
「う〜ん、現実的な値段じゃないねえ。」と諦めました。

「もうちょっと安くならないものかしらね?」

スーパーに行くたびに赤くて大きな魚卵が並んでいないものかと探し回る日々です。

そんな中、
仕事帰りに立ち寄るスーパーで、オットが
「生筋子ないねえ。」
と言いました。

私:「え?なます?」
オットってそんなに酸っぱいもの好きだっけな?と思いました。
ちょうど大根が家に中途半端にあったので、
大根なますでも作ろうかしら?と思っていましたら、
オット:「いや、生筋子。」
私:「え、なます事故?それってどんな事故?」
オット:「違う。生・筋子。」
私:「あっ!そうか!」

秋の味覚を探しているのに、
なぜ「なます」にフォーカスしてしまったのか、
自分でも謎です。

我ながら馬鹿馬鹿しくて笑える話でした。

そのことを親友に伝えましたら、
親友も
「私もあるよ。かも・歯科クリニックをカモシカ・クリニックって思って、
カモシカ専門の病院???ってびっくりしたことがある。」
と言っていました。

北海道ってカモシカの生息域だったっけ?
てか、動物病院じゃなくて生息していないカモシカ専門のお医者さんが存在すると
普通に解釈しちゃったの?

と思い、
彼女の天真爛漫なキャラと照らし合わせて
ものすごくツボにハマり、腹筋が崩壊するかと思うぐらいに笑いました。

いや、人のことは言えません。
なますがどうやって事故を起こすのかもかなり謎ですよね。

私も相当なボケだけど、彼女も引けを取ってないなあ。と思いました。
だから仲がいいんでしょうかね。(笑)。
先日のブログで、
道端からドロボーしたクワズイモの実から2つ芽が出たと書きましたが、
昨日仕事から帰って覗いてみましたら、もう2つの芽が出ていました。

生命力すごいなあ〜と思いました。

クワズイモ、
根本からニョロニョロと出てくる子株で増やすことができるのは知っていました。
芋状の茎をぶった切って増やすことができることも知っていました。
花を咲かせたこともありました。

でも咲いた花にあんなに赤い実が成って、
それを植えたら芽が出たなんて初めての経験でした。

なんか嬉しいなあ。
構いすぎず、構わなさすぎる程度に大事に育てていきたいなあと思いましたよ。

大きく育てることができるかな?

少しプレッシャーで、
少し楽しみです。

緑の指

先日、道沿いの街路樹の根元に生い茂っていた巨大クワズイモの実からタネを拝借して持ち帰って(種泥棒。お巡りさん許して!)土に埋めてみましたら、
なんと2個ほど芽が出ましたよ。

朝、「芽が出た。」と認識した芽が、夕方には「えっ!すごい育ってる!」となるぐらいにぐんと伸びていました。


突然ですが、思いました。

「植物を育てるのが苦手」な人と
「植物を育てるのが得意」な人の違いって
「植物の保有数」に差があるのではないかしら?と。

植物を
1個とか2個とかしか保有していない人って
日々の忙しさに追われるとお水あげるの忘れてしまうことがありますよね。
普段の生活をする上で、自分の意識の中に占める「植物」の割合が少なければ少ないほど、
存在感が薄れてしまって、ついうっかり忘れてしまいがちになるのかしら?
と思うんです。

たくさん保有している人って植物が嫌でも目につくのでその存在を忘れることができないし、
「植物の世話」がもうルーティン化してしまっているような気がします。

「植物に水をあげる」行為で一番面倒くさいのは
「水をあげるためのツール(じょうろや空きペットボトルややかんなど)に水を入れる作業」なのではないかな?と思います。

私の場合ですが
ベランダの植物たちにはホースで直接水をあげます。
室内の植物は1.5lの空きペットボトル1本を大体使い切るぐらいで水やりは終わります。(数えたら室内だけで15鉢ありました)

玄関前の植物たちも大体1.5lの空きペットボトルを1本使い切るぐらいの植物量です。
玄関前の植物たちは、出かける前に土が乾いているのが目についたらあげるぐらいの感覚なので、全然負担になりません。

キレが良いので、水やりが「面倒」でも「苦痛」でもない感覚になっています。

植物の保有数が少ないと、
水汲みという「面倒臭い作業」の割合が大きくなってしまうのかな?と。

植物って、犬や猫など動物のように自己主張しないので
いつ「腹が減っている」のか、
いつ「構われたくない」のか
いまいちわかりませんもんね。



と。
誰も得しない考察を述べてみましたよ。

ちなみに我が家の犬たちは、
結構自己主張が強いです。

でも内弁慶なのか、
動物病院に連れて行ったら先生の指示には大人しく従います。
「暴れないし騒がないし攻撃してこないし、扱いやすい子ですね。」
と先生には褒められます。

「そうですか?へへへ。」
と、とりあえず言います。
外面のいいやつらめ!
と内心思いますが。

最近、コロナ禍の影響で、ペットに癒しを求める人が増えているみたいですが
人間ってとっても自分勝手なので
「こんなに大変だとは思わなかった」みたいな理由で
捨てられちゃうペットも後をたたないみたいですね。


「その一目惚れ、迷惑です。」
っていう結構衝撃的なACのCMが流れていますが
まさにその通りだと思います。


ペットを飼うって結構面倒くさくて大変です。
うんこもするしおしっこもするし臭いし、ご飯は結構食べるし、
与えるご飯が安物の粗悪品だと頻繁に病気したりします。(経験談)

トイレの躾や、日常のマナーのしつけもかなり根気強くしないと
なかなか入らない場合もあります。
飼い主自身が躾のコツを覚えるまでも随分とエネルギーと苦労を要します。
歳をとったら内臓にいろいろガタが来て、病院を受診する回数も増えます。
(人間と一緒)

最近は民間の動物用医療保険が広く普及しているみたいですが
保険料と医療費の費用対効果に関してそんなに満足のいくものじゃない場合が多いみたいです。
生涯にかかる医療費と、生涯にかける保険料をトータルで照らし合わせたら、
「その分を蓄えておいた方が得だったかも。」
と発言する利用者さんが意外と多いみたいです。
民間の保険会社の利益及びそこに働く社員の人件費を考えたら、
まあ、わからんでもない話ですね。

我々人間はペットに対して愛情と安らぎを施す側であって
我々人間がペットに最初から癒してくれることを求めちゃいけないと私は思っています。

いろんな芸能人がMCをして複数の動物番組で捨てられたり飼育放棄されたペットたちの現状を広く周知しようと頑張っていたりしますが、

自分の都合でペットを捨てちゃうような人たちは
ああいう番組は見ないと思うので、
どんなに頑張って周知努力をしても
たとえテレビの力を持ってしても
なかなか生き物の廃棄率って下がらないのかもしれないなあ。と思います。

ヨーロッパでは
ペットショップにはフードとかグルーミング用品やリードなどしか販売していないと聞きます。

生体を得るためには審査や面接があって、
飼育経験や飼育環境や経済状況など多角的に見られて「飼育できる」と判断された人だけがペットを迎え入れることができるのだそうです。

人と人との関係性でも言える話ですが
「与える」質量と「得る」質量が釣り合っていないと関係性はバランスを欠いてしんどくなってしまうと思います。

「まずは自分から与えること。その功績に釣り合って後から自分が得ることができる。」
これは仏教やキリスト教などではよく聞く話です。
「与えよ。さすれば与えられん。」的な?

ギブアンドテイクですね。

ちなみに「テイク」を期待して施す「ギブ」は
下心から発しているので、無効になるんだそうですよ。

今の物質社会では
「これだけ施してやったんだから、それ相応の見返りを用意しろよ!」と強要される場合も多々ありますが。
頼んでもいないし嬉しくもないものを押し付けられても
それに対して見返りを求められても困っちゃいますよね。

でも、その素直な気持ちを正直に伝えると
「恩知らず」とか「ならず者」的な罵倒を受けたり、
向こうからの一方的な制裁や嫌がらせを受けるようなことになってしまう場合があります。

そういう関係性は健全とは言い難いので、
そういう関係性からは「逃げるが勝ち」だと私は思います。

なんだか論点が大幅にずれてきてしまったように感じますが、
「お金」「利権」「利益」「見栄」「プライド」が関わると
あんまりいいことないんじゃないかなあと思う今日この頃です。

人生経験を積んで、もうすぐ50になるというお年頃になってきましたが、
ようやく世の中の理を理解し始めてきているのかもしれませんね。

昔読んだ雑誌の中で、
「50を迎えた頃から、生きるのが楽になった。」
という発言を目にして、
「そういうものなのかな?」と思って50歳になるのを楽しみにしていましたが、
「あ、ひょっとしてこういう感覚なのかな?」
なんて思い始めていますよ。

まだまだ人生折り返し地点。
まだまだ若輩者。

いろんなことを経験して少しだけ賢くなったこれからが
社会に対して恩返ししていけるお年頃なのかもしれないなあ?
なんて思いますよ。

お腹を引っ込めるぞ

このコロナ禍の自粛生活で、すっかり太ってしまったという人は結構多いと聞きます。
オットもその一人です。

オットは骨格のせいか、体質のせいか、仕事のせいか、太りにくかったのですが
まるまる1年半以上、自宅待機を余儀なくされているので、
すっかりお腹が出っ張ってきてしまいました。

後ろ姿はほっそりしているのですが、
お腹だけが出っ張ってしまっているので、
「後ろから見た図と横から見た図のイメージが違いすぎる」と
ムスメが大笑いしていました。
たくさん食べるので食後はもっとお腹がでっぱります(笑)。

他人事のように言っていますが、
私も下腹が出っ張ってきています。
「以前はウエストまわり、こんなに厚みがなかったはずなんだけどなあ?」
と鏡を見てはため息をつく日々です。

博多大吉先生が、
コロナで自粛生活になってから7kgだったか10kgだったか太ってしまった
という話をネットニュースだったかな?で読んだ記憶がありました。
「どうせ仕事もないしどこにも出かけないから、朝からビールを飲んで、
酔っ払ったら寝て、起きたらまたビール飲んで、という生活をしていたらあっという間に太ってしまった」的なことを発言されていたように記憶しています。

先日観た「2軒目どうする?」という番組の中で、
「大吉先生痩せましたね!」
と共演者の松岡さんに言われた時に
「実はウォーキングをしているんです。毎日6km歩いていて7kg痩せました。」
と話していました。

「へえ〜毎日6km歩くと7kg減るんだって!すごいね!」
と言いましたら
「そうか〜。お散歩はいいね。」とオット。

というわけで、最近、雨の日以外は仕事帰りに遠回りしたりして
歩くことが増えました。
昨日は久々にいいお天気だったので
お散歩がてら食材の買い出しに行きました。

オットはGoogleマップを見て事前に入念に散歩コースを検討していました。
私は行動に計画性が一切ないので、
旅行する時も「行程」を考えたことがありません。
いつも行き当たりばったりでフラフラ〜フラフラ〜としています。

一人で出かけると、どっかこっかに引っかかり、
そこで余計な時間を費やしてしまって
結局帰りがとても遅くなるなんてこともザラです。

そのせいか、私が出かけると言うと大概オットがついてきます。(笑)

函館に行くときはオット任せもしくは親友任せ
旭川に行くときはオットの家族任せまたは地元の友達任せ
コロナ前など普通に出かける時もオット任せ
で、お散歩するときもオット任せです。

まあ、普段の仕事に関しても計画性が一切ないので、
おそらく想像はつくんじゃないかなと思いますが・・・。(汗)
昭和の雰囲気を纏った、古い物件がなぜか昔から大好きです。
このアパートは、階段のてっぺんで黒猫が寝ていました。
こういう風景、すごく好きです。

「古くて見窄らしくてカッコ悪い」のが一周まわってカッコいい、
と感じてしまいます。

いわゆるエモいってやつ?

人が生活するのに必要な物質って、
実はそんなに多くないのかもしれないなあと思う今日この頃です。

高級ブランドの何かしらを買い漁って、
新しくて綺麗なタワーマンションに住んで、
みたいな暮らしっぷりが「成功者の証」とか「ステイタス」的にラベル化されている昨今ですが、
私はそう言うの、疲れそうなのであんまり好きじゃないです。
(要するに身の丈に合わないってやつですね。私、キラキラしてないので。)

お金を「実物資産」にせっせと変換しているのかしら?と思もいます。

不景気の今の世の中、インフレになったらお金の価値は下がるけど、
実物資産の価値って、その時その時の貨幣価値にそぐった金額がつけられますもんね。

お金持ちの人が高級車を何台も持ったり、有名アートを買い漁ったりするのって
貨幣価値が変動しても「そのもの」の価値が「その時の貨幣価値」にそぐって評価されるから、
と言う側面もあると言う話ですね。

インフレになって貨幣価値が下がると
「現金」は価値が下がって意味をなさなくなるけど、
「良いもの、レア物」はその時その時の貨幣価値に照らし合わせて評価額が変動しますもんね。

なるほど〜。
お金持ちの人って、お金を稼ぐ及びお金を確保するためにいろんな対策を講じるものなんですね。

でも
「商売がうまくいかなくなった時のために」って言って9億円ほどの所得を隠しちゃダメですね。
鬼を退治する「現代版桃太郎・ゴージャスバージョン」的なアニメを作った会社の社長さんみたいに。

「商売がうまくいかなくなった時のために所得を隠して脱税した」と言う発想は
「今はたまたまヒットで当たったが、これはギャンブルにあったようなものだ。こんなラッキーはそう長く続くわけがない。」
と思っている証拠とも言えますね。

この考え方は
「自己評価が低い」と言うふうに感じます。
「自分にはそんなにヒットを出す実力がないに違いない。」
と言う考え方が根強いのかな?
と思いました。

すっごいヒットを叩き出したんだから、もっと分と自分のスタッフの実力を高く評価してあげたら良いのにね。

結局脱税が発覚しちゃって、
世間の評価が「自己評価」と同様に下がってしまったんじゃないかな?
なんて思います。

こう言うのを
「思考は現実化する」って言うんじゃないかな?と私は思います。

お金や名声や物にこだわると、
お金や名声や物に振り回されてしまうことになってしまうんですね。

自分自身に価値があると信じることができれば
お金や資産を持っていなくても
どんな状況でもどこへ行っても生きていけると思うことができるので、
物質とか金銭に囚われることなく自由な気持ちで生きることができるんじゃないかな?
と思います。

極論ですかね?
古い集合住宅の一階のドアに「スタジオ」のプレート。
「音楽スタジオ?」
「ダンススタジオ?」
「撮影スタジオ?」
「デザインスタジオ?」
「なんのスタジオ?」
と、ものすごく気になりました。

ものっっっっすごく気になりました。(大事なことなので2回言う)

あのドアを開けてみたい。


秘密結社とまでは言いませんが、
人知れず何かしらの活動をしているような人が
世の中にはすごくたくさんいて、
この場所も多分何かしらの活動をしている場所だろうと思われて
一体どんな活動をしているんだろう?

そういうことを想像するとものすごくワクワクします。
結局最終的に5kmと6kmの間ぐらいの距離を歩き、
食材を買って帰り、
ムスメリクエストのピーマンの肉詰めを作りましたよ。ムスメが。
私は味の付け方とか作り方とかを教えただけです。

梨汁ブシャー!
ならぬ
肉汁ブシャー!で
とても美味しくいただきました。

肉ダネが余ったので、
ついでに餃子と、それでも余ったのでハンバーグを作りましたよ。

食べきれなかった料理は娘が持って帰りました。
「これでしばらくは豊かな食生活が送れる!」
とホクホクして帰って行きました。
育てたのは私ですが
「良い子に育ったなあ。」
としみじみ思いましたよ。

さて今日は3連休最終日でいいお天気です。
明日オットが2回目の接種日で、
副反応が出たらいけないのでお仕事をお休みしてもらいます。
なので、明日の出荷分の作業の一部を、今日二人で進めようと思いますよ。

フライスのパターンも進めつつ、
ワッフルバスタオルとかジャガードニットの進行もありつつ、
なんだか忙しいけど楽しくなってきましたよ。

楽しさ

変な話、自画自賛になるのですが。
昨日のブログにも名前が出ていたリラックスパンツのパターンの、
着用画像が出てきたので懐かしくなってしまいましたよ。

基本的に厚手の天竺で作る事を想定したパターンだったのですが、
布帛でも作れるようにガイドラインがついていました。

当時の私は、今ほど型紙に対しての理解度が深くなかったので、
本当に感覚と勢いだけで起こしたパターンと言っても良いと思います。

でも、
パターンを起こすのが楽しくて楽しくて仕方がなかったという感覚を
この画像を見て思い出しました。

そして、パターンに対する理解度が深まった今の私が見ても
「いいパターン起こすなあこいつ。」
と思いましたよ。

いや、今もいいパターン起こしていますけどねっ!(焦)

この写真の時の私は32歳でした。
17年前の写真ですね〜。
いやあ〜
あの頃き〜みは〜若かった〜。
と歌いたくなりますね。

(知らんがな)

今はどうでしょうかねえ。
あの頃から17年経って、
いろんな事を学びました。
楽しいだけじゃダメなんだということも知りました。

それを多分人は「大人になる」っていうんだろうなあと思います。
あの頃みたいに、勢いだけで駆け抜けるということは無くなりました。
その分、ひょっとしたら面白みも無くなってきてしまったかもしれないぞ?とも思います。

と、言っても、
多分概ねの同世代の人から見たら、私はまだまだ青臭いもしくは子供っぽいのではないかな?と思いますがね。

前回の新着ではフライス生地をたくさんご紹介しました。
「フライスって、難しいんだよな・・・。」
と思いながら。

でも、Wildberryのお客様は、洋裁の上級者さんがとっても多いので、
私の懸念は単なる「要らん心配」にしかならず、
たくさんご用意したフライス生地はそれぞれがもう残りわずかな状態になってしまっています。

私自身が、フライス生地が好きなんです。実は。
縫いにくいけど。

そもそも私が洋服を作ることにはまったのって、
ムスメのための服を作り始めたことからでした。
最初はお人形さんのお洋服を縫う感覚で
「ちっちゃくて可愛い」っていうだけで作っていたのですが、
子供の動きを見ていて
「あ、子供は体が柔らかくて可動域も大人とは全然違うから、
より動きやすいニット生地のお洋服がいいんだな。」
と思いました。

型紙を起こす知識もセオリーも一切なかったのですが
ひたすら「動きやすくて可愛く見える服」を目指してお洋服を作りまくる日々でした。

生地の知識も一切なかったので、
フライス生地は最初は「縫う」のが苦手でした。
ビロンビロンに伸びちゃうし。

でも、よく伸びるってことはフィットするっていうことだよね?
と思い、
横方向に伸びるなら、伸びた後を想定して、
型紙を調整すれば縫い伸びしなくなるのでは?とある日気がつきました。

フライスを「縫う」のは苦手だったけど、
よく伸び縮みするフライスという生地で作られたお洋服自体は好きでした。



一時期、
アパレル業界内でカットソー需要自体がものすごく低迷したことがありました。
Wildberryでも、布帛を多く取り扱うようになりました。

それでいいと言えばいいんだろうけど、

何も知らなかった頃にお店を始めてから19年も経って
いろんな事を知って覚えて
アパレル業界の闇とか、とてもねじれた今の繊維業界について
自分なりに色々考えました。

で、基本にもとがえろう。と思いました。

私が作って楽しかったのは、「見栄を張るための、見栄えする服」ではなくて
「日々の生活の中で動きやすくてリラックスできる服」でした。

「ハレとケ」で言ったら、「ケ」の方が私にとっては重要でした。


で。
久々に
フライス生地用のピッタリフィットするレギンスを作りました。
今ご紹介している40/-ピーチフライスの
傷があってロスになってしまった生地で。

いわゆる肌着的なレギンスです。

裾始末やウエスト始末をする前に試着してみましたら
とても嬉しい気持ちになりました。

私が作りたいのって、こういうやつなんだよな。
と思いました。



実は
数年前に、
なんちゃら良品的なお店でレギンスを購入したことがありました。

「自分で作れよ」と思いながらも、
なかなかその時間を取ることが困難だったんです。
確か、低血糖症を発症して、糖質制限のコントロールが難しくて体が思うようにならなかった時だったんじゃないかなと思います。

税込で1000円ちょっとだったんじゃないかな?と記憶しています。
綿メインのベア天竺でした。

お洗濯をすると
右の足と左の足の長さが違っていました。

「え・・・。」と思いましたが
せっかく買ったんだし、勿体無いので冬の寒い時にはそれを着用し続けました。

穴が開いてボロボロになって穴が空いてしまったそのレギンスを
今年の夏の初め頃に処分しました。ようやく。


久しぶりに自分で作ったレギンスは
40/-ピーチフライスで作ったのですが、
1mでギリギリ2枚取れます。
ピーチフライス、洗ったら180cm幅になりました。(笑)

洗って
乾かして
裁断して
縫って
履いてみたら
「ああ、いいわこれ。」と思いました。

ピーチフライス1m1320円(税込)なので
2枚作れたら1枚660円ってことになります。

ピーチ起毛を施されたら肌触りも保温性も良くなるので、
薄手だけどこれで肌着作ったらいいなあ。と思いました。

ここ最近、忙しいからという理由で納得していないけど仕方なしに化繊の肌着とかタイツとか購入して履くことがあったのですが、
すぐに毛玉になるし、でも勿体無いからと言って着用し続けると
なんだかみすぼらしいような気分になってしまうし、
でも着ないと寒いし、
と
いろんなジレンマを抱えていました。

この春に思い切ってそのヨレヨレの肌着たちを処分したので
「四面楚歌」「後がない」状況になってしまっているので
自分用の肌着をこの秋はせっせと作ろうと思いますよ。

まずは第一弾。
フライス専用のレギンスのパターン(Mサイズ)をご紹介しようと思います。
ご紹介方法についてはまだ考え中なので明確にはお知らせできませんが
データは出来上がっていますので、もう少しお待ちください。

フライスたちは再入荷のオファーをしたので、
仕入れ先に在庫がある分だけ再入荷できると思うので、
それと同時ぐらいでご紹介できたらいいなあと思いますよ。

接種予約

先日、カッパが首にタオルを巻いて、シードルを持っていましたよ。

あ〜現場作業で一仕事終えて「お疲れさん」の一杯を飲んでいるのだね〜。
と思いましたよ。

去年はきゅうりをもらったり、お小遣いをもらったり、それで帽子を買ったりしていたカッパですが、
今年はあんまりもらってないね?と思っていました。
それだけ世の中の景気が悪くなってきているのかな?
と思っていたのですが、
カッパ自身が働きに出て自分の食い扶持を自分で稼ぐなんて!
と驚きましたよ。

コロナ禍による非景気の波は、カッパ界にも及んでいるみたいです。
バスルームに先日作ったリネンのカーテンを下げてみました。濡れても乾きが早くて快適です。
昨日は私が住んでいる東京都杉並区のワクチン接種予約受け付け日でした。
朝9時受付開始だったので、
スマホを抱えてスタンバイしていたのですが、
ネットではなんと受付開始からたったの3分で、杉並区内の全ての会場の枠が埋まってしまいました。

緊張と不安で汗が吹き出しましたよ。

あとは何度リロードしても
「予約できる会場はありません」の空しい表示が現れるだけ・・・。

ち〜ん。。。

「接種予約取れなかった〜」と夫に嘆きをこぼしましたら
「Wildberryの新着商品よりも競争率激しいね。」と笑われましたよ。

そうか、ウチの新着に遭遇したお客さんも、こんなふうに慌てながら注文をいてくれているんだ。。。
と思い、ありがたい気持ちでいっぱいになりましたよ。

でも、ちょっと待てよ?
ふと、思い出しました。
2回目の接種の予約は確か優先的に取れるとかなんとか、
ワクチン接種券に付随していた説明書きに書いてあったような?

というわけで、
杉並区のワクチン接種予約受付の電話番号に電話してみましたよ。

当然のことながら
「回線が混み合っていてお繋ぎできません。」
のアナウンスが流れていましたよ。

でも諦めずにかけ直していましたら
リダイヤル62回目でようやく窓口と繋がりました。

「2回目の接種予約をしたいんです。」
と伝えましたら
「いつが良いですか?」と聞かれましたので
「受けれるんだったらいつでも良いです!」と食い気味に答えました。
そうしましたら
「会場はどこがご希望ですか?」と聞かれましたので
「受けれるんだったらどこでも良いです!」と食い気味に答えました。
そうしましたら「時間帯はいつがご希望ですか?」と聞かれましたので
「受けれるんだったら何時でも良いです!」と食い気味に答えましたら
電話応対してくれているお姉さん、ちょっと笑っていましたよ。

いやもう、接種を受けれるんだったら、わがままも贅沢も言いません!
遠かったらタクシー代を使ってでも駆けつけます!
という心境でしたよ。

本人確認で1回目の接種情報と私の住所がわかったみたいなので、
お隣の駅、阿佐ヶ谷の会場をチョイスしてくれて、
1回目の接種の日からきっちり3週間目の日に予約を確保してくれましたよ。
ちょっと笑ってた電話口のお姉さん、優しい・・・。(涙)

阿佐ヶ谷だったら、天気が悪くなかったら散歩がてら歩いて行けます。
少し前まで住んでいたのでどこに何があるかよく理解しているしね。

「1回目と2回目の接種予約ってセットじゃないの?」
と、函館に住んでいる親友にも、大阪に住んでいる社長にも驚かれました。

東京でも他の区とか他の市とかでセット予約になっているところもあるのかもしれません。
でも杉並区は別々でした。

いや、セットの方がいいと思います。
こんな心臓に悪い事を2回もするなんて、
寿命が3分ぐらい縮まったに違いないと思いましたよ(要するにほぼ縮まっていない)。

2回目の接種は副反応が起きることが多いと聞きますので、
熱が出たりしたら出荷に差し障るかもしれません。

接種日が近くなりましたらその旨お知らせしますね。

どうかよろしくお願いします。

ありがとうございます

昨日の新着には、たくさんのご注文をありがとうございます。
早速品切れが数点出てしまっていますが、
また引き続き仕入れを強化していきますので
ちょいちょい新しい商品が入荷すると思うので、
ちょいちょいチェックしてやっていただけましたら嬉しいです。

あと、仕入れ先社長が私の意見を参考に、
山のように仕入れを起こしてくれた生地もあるので
その生地に関しては、複数回にわたって再入荷をしていくつもりです。
(仕入れ先に『安くするから全部引き取って』と泣き付かれてしまったのだそうです)

今回の新着は秋物の立ち上がり第一弾だったのですが
まだまだ暑い地域や暑い日も多いので、
今秋冬ものを見てもあんまりピンと来ないことも多いかと思います。

Wildberryの場合、「あ、寒くなってきたからこの前見たあの生地欲しいなあ。」
と思ったらもうすでにショップに無かった・・・。
なんてこともありますので、
いい生地で、長期的に再入荷できるものはありがたいなあと思っていますよ。

ちなみに都会の裏毛はそろそろ仕入れ先の在庫が尽きそうです。
と言っても先日問い合わせしたらもう少しあるみたいなことを言っていましたが
仕入れ先の売り先はWildberryだけじゃないので、
いつ「在庫ゼロ」になるかはこちらでは全く把握できない状況です。

あれぐらいの、分厚すぎない裏毛は普段着などに重宝しますよね。

私だったらパジャマ兼部屋着にするのだったら、
コンパクトなパーカーのスエットバージョンがいいかなあ。と思います。
これ、メンズのLサイズぐらいの身幅があってゆとりがあるのにスッキリ見えるし、
袖の可動域が広いので動きやすいんですよね。
ラグラン袖なので着る人の肩幅を選ばないので、
華奢な人が着ても、私みたいな肩幅がしっかりした人が着ても違和感がありません。

そんなに大柄じゃない男性だったら違和感なく着れちゃうかも。

ちなみにオットは181cmで肩幅が広くて腕が長いので、
着れないことはないけど袖丈がツンツルテンでした(笑)。

オットはラグランビッグスエットの
少し袖丈を伸ばしたバージョンを気に入って着用しています。
これはビッグワッフルで作ったやつ。
スエットだからって裏毛で作らなくちゃいけないという決まりはありません(笑)
ちなみに私は家ではいつかのC/R裏毛で作ったロングスカートを履いています。夏でも冬でも。
もうずっと何年も履いているので、
気に入っているんだと思います。無意識のうちに。

シュッとしたシルエットの割に動きやすいです。
裏毛なのに、シルエットが綺麗なので、
宅配の人が来た時もそのまま出ても恥ずかしくないし、
そのままゴミ出しに行っても恥ずかしくないです。(当社比)

私に羞恥心というものがないという話もありますが(笑)。

昔々、小さかった頃のムスメが喘息の発作を夜中にしょっちゅう起こしていた頃に
夜中であろうが疲れていようが熟睡していようが、
即座に起きて財布と鍵を握りしめ、車で夜間救急に駆け込む日々だった時の習慣が
未だに抜けていないみたいです。

当時のWildberryには「リラックスパンツ」という名前のパターンがあって、
Wildberryオリジナルボーダーで作ったリラックスパンツが当時の定番ズボンでした。
今のラインナップで言ったら、ストレートワイドパンツがシルエット的には近いかな?
もうちょっとスリムなシルエットで、しかも当時のトレンドだった「ブーツカット」で「ローライズ」でした。
(ものすごくご好評をいただいたパターンなので、今も手元に全サイズ保管してます)
寒いのは嫌いだけど、
糖質制限食を徹底するようになってから体が冷えるということは無くなりましたので、
真冬でも意外と薄着です。
更年期のせいか、最近特に暑がりだしね(笑)
Wildberryのパターンは、プレーンな形ですっごく簡単に作れるものばかりです。
昔は女性らしい綺麗なシルエットに拘っていましたが
30代中盤ぐらいから、
「Wildberryのパターンは小さすぎて着れない」というご意見をいただくことがちょくちょく増えてきました。
そのうち
「すっかり太ってしまって・・・。」
というお話を伺うことも増えてきました。

なので、ある時期を境に、
体のラインを誇張しない、ゆったりしているけどスッキリ見えるパターンを中心的に起こすようになってきました。

そうすると
「メンズも出して!」とのご要望をいただくことが増えてきました。

で、
ここ最近のWildberryのパターンは、
スペック的に
ちょっとアレンジしたらメンズ用にもなるような、
ユニセックスな形が増えてきていました。

そうしたら、最近はアパレル業界でもユニセックスなアイテムが増えてきている
と聞きました。

誰が着てもいい感じ。

なお洋服っていいですよね。

例えば夫婦でお洋服を共有したり
親子でお洋服を共有したり、
ゆったりしていても形が綺麗だったらそういうこともある程度は可能ですもんね。

「女なんだからこう」
「男なんだからどう」

「男のくせに」
「女のくせに」

そういう感覚がこれからはどんどん薄まっていくんだろうなあと思います。

女性が女性に恋したり憧れをもっていいし
男性が男性と結婚したっていいし。

女性が雄々しくても良いし、
男性がクヨクヨめそめそしていてもいいし。

女性が稼いで家計を支えてもいいし
男性が専業主夫でおうちを守ってもいいし。

学校を出たからってどこか企業や会社に就職しなくちゃいけない
なんていう感覚もこれからは無くなっていくのかもしれませんね。

企業で何時間拘束されていないとお金を得てはいけないみたいな決まりもないし、
ひょっとしたら一日2〜3時間しか仕事しなくても十分なお金を得る人もいるかもしれないし。



コロナという厳しい状況下で
「生き残るために発想の転換」を余儀なくされている我々人間ですが
生き方自体もそうだし、価値観や既成概念も、変化するべき時期にきているのかもしれないなあと思いました。


新しい日常は
新しい価値観も呼び込んでくれるに違いない。

そう思うと、
暗い気分ばかりでもないかもしれないぞ?

なんて思いましたよ。

ちっちゃい暮らし

我が家はとっても狭い、37平米の1LDK賃貸物件です。

かなり精米物件ですが、
今のところ楽しく、不満なく暮らしています。

東京の、高円寺という駅から、歩いて8分の場所です。

駅からそんなに遠くないので、
通勤には便利でしたが、
コロナが怖くて事務所を自宅徒歩圏に移転したので、
駅からのフットワークの軽さにメリットを見出すことができなくなってしまいました(笑)。

でも商店街などが近いので、
生活する上では便利極まりなく、
快適に暮らしています。

古い上に狭いけど。
真夜中に犬に起こされて目が覚めてしまい、
その上お腹が減ってしまい、
どうしたものかと考えながら眺めるキッチンの風景が、意外と好きです。

美味しいものを作って食べる場所。
食べることは生きることで、
食べたものが体を作るので、
料理をするキッチンは生活していく上でとても重要な場所だと私は思っています。

狭いながらも楽しい我が家

ですね。

たかがコンロ一つ

ガスコンロを交換しました。ムスメと。
魚焼きがついていないシンプル仕様のこのガスコンロは、業務用のものです。
一般的な家庭用のものとは違って、
熱検知機能も自動消化機能も付いていません。

お料理初心者のムスメにはちょっとハードルが高すぎたみたいで、
少し前にお鍋を下ろした後で火を消すのを忘れて
暖房器具もしくは焚き火のようになってしまっていたのだそうです。

「ん?なんか部屋の中が暖かいぞ?」
と思いキッチンを見てみたらガスコンロに火がつきっぱなしだったのだそうです。

ムスメは自分で恐ろしくなってしまったみたいで、
「お願い、火事を起こしてしまう前にママの使っているガスコンロと交換して。」
と言って来ました。

「イイよ。じゃあ交換しよう!」
と言って、我が家のガスコンロをムスメの家に持って行き、
ムスメのガスコンロを我が家に持って来ました。

今の家庭用ガスコンロの温度検知機能と自動消化機能って、便利で安心な機能ですね。

「自分がこれが欲しいって言ったくせに
業務用のガスコンロをママに押し付けちゃって、
ママのうちで消し忘れとかしちゃって火事とかになっちゃったらどうしよう?」
とムスメが心配していましたので、
「うちには私とオットと二人いるから、一人よりも気付きやすいから大丈夫だよ。」
と言いましたら「そうか。よかった。」
と言って安心していました。

私が19で一人暮らしを始めた昔々は、
温度検知機能とか自動消化機能とかついていない、
火が出るだけのガスコンロしか存在しなかったように認識しています。

それで自炊生活をずっとやて来ていましたので、
便利機能の付いていないアナログなガスコンロに対する精神的なハードルは
とても低いように感じています。
早速使ってみましたら、
家庭用のガスコンロと違うところがたくさんありました。

まずは強化力であること。
そして、強火力にも関わらず、火が広がらないので熱効率が非常に良いこと。
お茶を煮出すために1.5リットル程度の水を入れたヤカンを火にかけたら
5分で沸きました。
「え?電気ケトル?」と思いましたよ。

鍋底と火の距離が、一般的な家庭用のコンロよりも少し長いので
強火の時も火が広がらず、先端の一番温度の高い部分が鍋底にあたるので熱効率がいいんだろうなと思いました。
そして弱火にした時は、火と鍋底の距離があるが故に、
「より優しく」加熱することができます。

火力や加熱時間などを勝手にコントロールされてしまう
最近の家庭用コンロに若干のストレスを感じていたので
「シンプル機能の業務用ガスコンロって、かなり自由度が高くていいぞ?」
と思い、ワクワクしています。

魚焼きグリルがついていないのですが、
焼き網を使えば大丈夫と思います。

オットが燻製を作ってくれる時も
勝手に火力調整されてしまう家庭用ガスコンロだと
うまく燻製できなかったので、
その都度カセットコンロを出して燻製を行っていたのですが
その手間も省けそうです。
燻製器が換気扇の真下に置けるので、部屋中が燻煙で満たされることも今後は無くなりそうです(笑)。

強火が肝の、チャーハンや野菜炒めもベチャッとならずに快適に作ることができるようになりそうです。

今一般的に使われているテフロン加工的な焦げ付きにくいタイプのフライパンって
実は「強火で使っちゃダメ」っていう注意書きがあって
しかもコーティング自体は体にとても良くない成分でできているらしいので、
テフロンが剥げて来てしまったら(こびりつくようになって来てしまったら)
早急に新しいものと交換しないといけないという性質があります。

家庭用ガスコンロだとその範疇の中での火力調整になるので
問題なく使えていましたが(それでも定期的に買い換えないといけない)
強火がガンガン使える業務用のガスコンロを使い始めるのならば、
フライパンも鉄製かアルミ製か銅製か、
高温に耐えうるものに交換した方がいいのかもしれないなあと思いましたよ。
(次の買い替えのタイミングで)

近所の金物屋さんに売ってるかな・・・?

たかがガスコンロ一つを変えただけで、
食生活が大幅に変わって来そうな予感がしています。

ガスコンロを交換して、
ムスメも安心で満足、
私も楽しくて大満足。
なので、
こういうのを多分「正解」っていうんじゃないかなと思います。

お洋服(衣食住の衣)

オットは気に入ったもの、好きな物しか着ません。
お洋服の枚数が多くても少なくても、
好きなものだけ選んで着ます。

それが流行っていようがいるまいが、
そういう価値観では判断しません。

それを着た自分がいい気分でいられるかどうか。
それだけがオットの判断基準です。

なので、気がついたら同じ服、同じような組み合わせばっかりになります。


お洋服をたくさん持って、いつも取っ替え引っ替えしなくてはならない。
じゃないとおしゃれじゃない。

みたいな既成概念って日本人には多いのかもしれないなあと思います。

美のカリスマとか、ファッションのカリスマとか、
そういう立ち位置の人になりたいと思っていて、
そこを目指してSNSで日々発信している人は
ひょっとしたらたくさんたくさんお洋服を必要としているかもしれません。

私が最近知り合った人は元アパレルの人でした。
日本のブランドですがパリコレに出るような、
そして知らない人なんかいないっていうぐらいの有名なハイブランド出身の人でした。

その人も、
そんなに激しくお洋服を取っ替え引っ替えしているようには見えませんでした。
そして他者を威圧するような服装ではありませんでした。

小物はその時の気分で変えるけど、
基本的に好きな物しか着ないようで、
お洋服の全体的なイメージはそう大きくは変わらないように見えます。

その人と、今の日本国内のアパレルの現状を嘆き合ったら、
時計の針が勝手にものすごいスピードで回りました。
楽しい話や実のある話をしている時って、時計は必ず意地悪になって
時間をわざと早送りで刻むように思います。

きっと楽しい時間を過ごしている人を見ると、嫉妬するからに違いない。(違います)

日本には昔から、着物っていう文化があって、
それは帯や帯締め、半襟など、小物を変えることで全体の印象を変えて楽しむという
粋な着方でしたよね。

そしてそれらの一つ一つがなかなか高価で、
なのでそう頻繁に買い換えることができなかったので
一つ一つを大事に大事に使ったとも。

着物は普段着であり、財産でもあった、とも。


それが今のアパレル業界はどうだい?
まるで使い捨てみたいに安価なお洋服を人々が買い漁って、
そしてまさに使い捨てられていく。

もしくは価値以上の価格をつけられて、
プライドが高くて見栄っ張りで、
そしてお金をたくさん持っている人だけしか買えないような価格設定で販売されていたり。

「なんかちょっと違和感を感じるよね。」
「そうですよね。」

日頃私が一人でこんな片隅のブログで叫んでいることと
同じことを感じている
とてもよかった時代のアパレル業界の中心的な立ち位置にいた人
しかもその後自力で経済活動をしている人

そんな人に出会えて
なんだかすごく嬉しくなりました。

わ〜この人すごいわ。尊敬せざるを得ないわ。

と思える人との出会いって
別に何らか(金銭とか物質とか利害?)の授受がなくても
なぜかエネルギーをもらえちゃいますね。


古巣の社長に
「こんな人に出会ったよ。」
と知らせたら、
「いい時代のアパレルを知っている人とは会って話してみたいわ。商売の話にならんくても楽しそうや。」
と言っていました。
次に東京に出張するときはもしできたら時間を作りたいと言っていました。
(社長はいつも大忙し)

ワクチン2回接種したとは言っても、
基礎疾患のあるお爺さんだし、
デルタ株怖いし、
緊急事態宣言解除されてないしね。
なのでまだしばらくは東京出張はしないと言っていました。

慎重で賢明だと思います。


「衣食足りて礼節を知る」っていう言葉がある通り、
住がなくても衣食さえ足りていれば人は礼節をわきまえることができるっていうことなんじゃないかなと私は思います。

「足るを知る」という言葉もあります。
これは多分、
山ほど所有する、という意味とは逆で、
必要最低限を持った時に「これで足りる。」という謙虚な気持ちを
推奨する言葉なんじゃないかなと思います。

「まだ足りない、まだ足りない。」
と強欲になってしまう姿は
「千と千尋」のカオナシみたいだなあと思います。

「フランス人は洋服を10枚しか持ってない」的な題名の本が一時期話題になっていました。

私は読んでいません。(え?)

でも、実際にフランス人はそんなにたくさんお洋服を持っていないみたいですね。
(10枚は極端だと思いますが)

でも、
長く着れるような良いものを選んで買うのだそうです。
そしてそれを長く着るのだそうです。
何なら子や孫まで受け継ぐような場合もあるのだそうです。

お洋服は、
自分の好み、生き方、価値観を表現するためのツールであって
決して見栄を張るためのツールではないのでしょうね。

そういえば、気に入って買ったデニムジャケットを着ていたら
「いや〜昔はやったよね!Gジャン!懐かしいわ〜!今時着ている人珍しいよね!」
と言われたことがありました。
今のトレンドじゃない服を着ていた私を馬鹿にしたかったんだろうなあと思います。
マウンティングっていうんでしょうね。
流行りに乗ることが重要という価値観の人だったんでしょうね。

最近また、Gジャン、まあまあ流行っています。
Gジャンはずっとずっと昔から存在するもので、
これからもきっとずっと存在し続けるものなので、
ナウい(死語)もダサいもないと私は思うのですがね。
(今は年齢的にももう少し柔らかくてゆるい感じのものが着たいので、Gジャンは持っていませんが)

私が気に入って買った古着のアバクロのTシャツを見て
「今となってはアバクロはダサい」
と言ってた人みたいな価値観なのかなあ?
(いやどっからどう見ても可愛いでしょうが!と思いましたし今も思っていますが!)

全く同じものなのに
流行っていれば可愛い、流行りが去ったらダサいとか
そういう流動的な価値観に翻弄されるのは、しんどいですよね。多分。

高見え、若見え、綺麗に見える、似合わせ
みたいな言葉が最近の世の中にはたくさん見受けられますが
それに翻弄されると
それを着る当の本人(自分自身ですね)がおざなりになってしまうような気がします。

流行りを追ったりカッコ良く自分を装うことだけが、
アパレル(お洋服)の存在意義ではないんじゃないかなあ?と私は思います。

流行っていないとダメ、格好良くないとダメなんていう価値観の人とは
関わり合うと疲れちゃうので
あんまり関わりたくありません。

そうじゃない価値観の人もこの世の中にはたくさんたくさんいるので
見栄っ張りじゃなくて威圧感やストレスを感じないで済むような
自分が接していて心地よいなあと思える人と仲良くしたいです。

きっとみんなそうですよね。
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