思うところ色々

高円寺の給水等です。
青空とのコントラストが良いなあと思いました。
バグダットカフェみたい。


テレビをつけると連日オリンピックの話題ばかりが目について
すっかりテレビを見なくなってしまいました。

最近はもっぱらHuluで「ひぐらしのなく頃に」のファーストシーズンを見直しています(まだ観てないシーズンもあるのになぜにファースト?)

今回のオリンピック、日本がメダルラッシュみたいですね。
でも、これほどアンフェアな状況で戦って、
メダルをたくさん取れたからって喜んで良いんでしょうかね。。。

海外の選手たちは直前まで満足に練習もできずにホテルで隔離されて
できてせいぜい部屋やホテル内で基礎的な筋トレぐらいで
フィールフォワークなしなので日本の気候に慣れる暇もなく
そしてぶつけ本番みたいに競技に臨まないといけないような状況ですよね。

直前まで、慣れ親しんだ環境で、
十分な設備の中で思う存分練習ができた日本選手との差ってかなり大きいんじゃないかなあ?と思います。

メダルの数を数えて喜んでいる場合じゃないんじゃないのかしら?
と思うので、
もともとスポーツ観戦には興味がなくて
毎回オリンピックは観ないのですが
今回はオリンピックの話題がテレビで放送されていると
気持ちがモヤッとしてしまうので
情報番組自体を見なくなりました。

バラエティー番組を見ていてもニュース速報で
「誰々がメダルを取りました」的な字幕が出てくるのも「なんだかなあ。」っていう気持ちになるので
もっぱらHuluを見ているという状況です。
(だからって何故ひぐらし?)



話は変わりますが
私は
田舎に暮らしていた頃は
視覚的に綺麗だったりオシャレな感じだったり、
ワクワクするものに飢えていて
可愛かったりオシャレだったりするものを常に血眼になって探していたように感じます。

なのでファッション雑誌や、海外のインテリアが多く載っている雑誌や
映画を貪るように見ていました。

物流や通販も今ほど盛んで便利ではなかったので、
(あってせいぜい下着通販やタカ◯社長の家電通販、通販◯活ぐらい)
自分が住んでいる地元に、「その商品を扱っているお店」がなければ
どんなに欲しくても手に入れることは叶いませんでした。

当時の私はアニエスbの定番カーディガンが欲しくて欲しくて仕方がなくて
旭川からわざわざ札幌三越まで出かけて行って
念願のカーディガンを購入して
ホクホクして帰った覚えがあります。

札幌駅から三越までは結構遠く、10~15分ぐらい歩かないといけなくて
(地下鉄に乗るという方法を知りませんでした。)
しかも人の多さにすっかり酔ってしまい
札幌観光をすることもなく
直行直帰で地元に帰った覚えがあります。

当時の私にとって札幌は大都会に見えました。

田舎を出て札幌〜関西を経て東京に住むようになったら
今度は供給過多の状況を目の当たりにしました。

流行っているもの、オシャレなもの、美しいもの、かっこいいもの、綺麗なもの
だらけ。

洪水みたいだなと感じました。

渋谷なんかは地下鉄のコンコースさえ、すごく素敵なアート作品で飾り立てられていて
正直「なんじゃこりゃ」と思いました。

供給過多
情報過多
刺激過多

そんな環境に慣れてくると
逆にそんなキラキラしていて素敵な世界に馴染むのではなく
逆に違和感を覚えるようになってしまいました。

なんとなくなのですが
「キラキラを追うあまり自分自身を見失っている」ように見える人を見かけることが
多くありました。

「勤めている会社が六本木ヒルズにあるから、エルメスのネクタイぐらいはしていかないと」
と発言する小中学校時代のもと同級生がいました。
「六本木ヒルズにある会社ってエルメスのネクタイがドレスコードなの?」と
(ちょっと意地悪な気持ちで)
聞くと「いやそんなことはないけど・・・。」
と言っていました。

地元のクラス会などにはまめに顔を出し、東京自慢をしているとのことでした。


「結局東京に出て一番出世しているのはお前だけだな。」
と
地元のクラス会では言われる。
と自慢げに言っていた高校時代の先輩もいました。
わざわざ東京自慢するために足繁く地元のクラス会に顔を出しているみたいでした。

こういうの、マウンティングっていうんじゃないのかしら?
と
思いました。

そして
マウンティングするためにわざわざ地元に帰ってるの?
と思いました。

東京って
東京なだけで
ブランドでステイタスなんだなあ。と思いました。


そういうキラキラに惑わされることなく
ちゃんと地に足をつけて自分を見失うことなく着実に生きている人も見かけました。

私は後者がいいなあと思いました。

なので、
東京に来てから、何故かすっかり「素敵」とか「流行」とかを追わなくなりました。
というか「トレンド」とか「ステイタス」という言葉を聞くと反感を覚えるようになってしまいました。
こういうのを天邪鬼っていうんでしょうね。

オットと初めて飲んだ時、オットの職場が立川市にあると勝手に勘違いしていた私は
「毎日立川まで通勤するの大変そうだね。遠いでしょ。」
と発言し
オットは「?雅叙園だよ?立川じゃないよ?目黒だよ?」
と細い目を見開いて言っていました。
ちょっと笑っていました。
「ふーん目黒なんだ。あ、そう。」
と言いましたら
「雅叙園知らないの?」
と聞かれましたので
「知らない。」
と言いました。

「私なんかWildberryだよ?って言ったって知らないでしょ。」
とすっとこどっこいでトンチンカンなことを言いました。

オットは面白がっているように見えました。

後から
「オットの職場雅叙園」
と言ったら東京のほとんど全ての人が「雅叙園はすごいよ」と教えてくれたので
「へ〜すごいんだ。」と後付けで学んだ感じです。

でも今は自宅待機なので、我が家の大黒柱は私です。
シフトのオファーは来るみたいなのですが
万が一自分がコロナに感染して私に移してしまったらいけないので
シフトのオファーは断ってくれているみたいです。

オファーを断ったら休業補償を出せなくなるかもよ?会社ももうかなりきついので。

という通達を少し前にもらったのですが。

仕事仲間の人に
「収入がかなり減ってずいぶん経つけどお前どうしてるの?」
と聞かれた時に
「嫁の店の仕事手伝ってる。」
と言ったそうです。

他の人は
休業補償だけでは家族を養うための十分な収入ではないらしく、
デリバリーの副業を複数して収入を得ているのだそうです。

「複数に登録しておくと、効率よくデリバリー報酬を稼ぐことができるんだよ。」
と言っていました。

「お前、たまたま嫁さんの仕事が安定しているからよかったものの、
そうじゃなかったら共倒れだからな?そんな風に呑気に構えてられない状況もあり得るんだからな?」
と言われていました。

いや。
まさにその通りだ思います。


経済がこれからもどんどん低迷していくことが予想されます。
「衛生用品関連の企業の増益により国の税収はアップしました」というニュースを
少し前に聞きましたが
それでも
「副業をしている人から税金を徴収すべく、ウーバーイーツの配達員の収入状況を国税がウーバーイーツに対して聞き取り調査した」
とのニュースも聞きました。
税収がアップしていても
支出ももっとアップしているから
国の財政が逼迫しているんでしょうね。

副業による年間20万円を超える収入は確定申告をして税金を払わないといけない決まりになっているんだそうですね。

収入が足りないから副業しているのに、
そこからも税金を徴収するんですね。
まあ、
それが決まりで、仕方がないことなんでしょうけど。

生き馬の目を抉るとはこういうことを言うのかしら?
なんて思ってしまいましたよ。(抉った目は食べるのかな?)



私なんかは国会議はじめ員都議会議員や県議会議員、市議や区議など、「議員先生」と呼ばれる人の年収(少なくとも2000〜3000万円)を国民の平均年収(300万円ぐらいでしたっけ?)に合わせたらずいぶんと財政が助かるんじゃないかな〜なんて思うんですがね。


あっ!


独り言なので気にしないでくださいね。



少し前に
区役所の国保課から
「あなたの年収を申告してください」
というお手紙が来ました。

「?」
と思い電話しました。
「確定申告しているのに、なぜそのようなお手紙が来るのですか?」
と。

そうしたら
「税務署の業務がパンクしかけていて国民一人一人の年収の把握が非常に遅れているんです。税務署から年収の報告がないと我々はとりあえず最低金額で国保税を徴収します。
で、税務署から年収の報告があってから足りない分を徴収するので驚くほど高額になってしまうことがあるんです。」
と説明を受けました。

そういえば。
去年中は数千円だった国保税が今年の1月2月で各12万ずつぐらいに急に跳ね上がったな。

住民税も請求が全然来てなくて
年を跨いでからいきなり20万ぐらい請求されたな。

と思い出したので
「税務署が機能不全を起こしているっていうことですか?年末になるまで前年度の確定申告の年収が区役所に行かないような状況なんですか?」
と聞いてみましたら
「そうなんです。それでいきなりこんな高額請求されても払えないよ!とおっしゃる方が多くて、先に区役所に直接申告していただけば、国保税を計算し直して月々に分割して無理なくお支払いいただけるようにしますよ、と区の方で配慮したんです。」

と、区役所の担当者。

「そうだったんですね〜。わかりました。ありがとうございます。」
と言って電話を切りました。

これが現状みたいです。



日本がメダル何個取った!
なんて浮かれている場合じゃないよなあ。
と思いました。

なので我が家のリビングは今日も
無音です。

若く見えて実は老人

土鍋茶碗蒸し。
1.5人用の土鍋が我が家では大活躍しています。
鍋焼きうどんを作ったり、
スンドゥブチゲを作ったり、
ケランチムを作ったり。

ケランチムとほぼ一緒なのですが
最近は土鍋茶碗蒸しに凝っています。

具材はいつも非常に適当です。
その時あるもので作ります。

卵2個に対してお水250ml、日本酒にだしの素とお醤油少々が基本の分量です。
超弱火で10〜15分ぐらい、様子を見ながら加熱して
なんとなく火が通ったかな〜どうかな〜?っていう状況になったら火を止めて
余熱でしばらく放置します。
するとあんまりすが入っていないプルプルの茶碗蒸しになります。

私はエビが好きなので、冷凍エビを放り込むのですが
(丁寧に作るときは解凍したエビに酒と塩で下処理してから入れますが、
概ね面倒臭い工程は省いてしまいます)
冷凍のものを入れると土鍋の中の温度が上がりにくいので、
加熱し始めて少ししたら土鍋の中身を一回かき混ぜます。
エビが溶けたかを確認するためでもありますが、
土鍋の中の温度を一度均一にする目的もあります。

これをやると冷凍エビいりの土鍋茶碗蒸しでも
焦げたり、スが入ったりせずにぷるぷるに仕上がる率が高いです。

どうもオットもこの土鍋茶碗蒸しが結構好きみたいで、
冷凍エビがなくなると
「冷凍エビ買わなくちゃ!」
と言います。

朝、お腹が減って土鍋茶碗蒸しを作って
半分しか食べられなくて残して
しんどいので二度寝して
起きたらオットが残りを全部食べてしまっていた
ということは頻繁にあります。

「あ・・・。起きたら食べようと思っていたのに・・・。」
と思いますが

まあまた作ればいいか。
となりますので、
必然的に我が家の土鍋茶碗蒸し率は高めです。




事務所のiMacがそろそろ「苦しい」と言い始めています。

もう何年使ってるっけなあ?
まる5年以上は使っているような気がします。
iMacはデザインが全然変わっていないので新しく見えますが
もうすっかり老人になってしまっていたみたいです。

あ、最近カラフルでより薄型になったiMacが出たみたいですね。

今のiMac、PhotoshopやIllustratorの起動が非常に遅く、
動作もかなり遅くなってきてしまいました。
どうしようかな。
新しいiMac買おうかなあ。
それともWindowsにしようかなあ。。。

WindowsにするとアパレルCADソフトを入れることができるようになるんです。
そうしたらいちいち手描きしたパターンを
居候の提携先のパタンナーさんに読み込んでもらってそのデータを送り返してもらって
分割して、
っていう手間が省けるかなあ。。。なんて思ってみたり。

でもそうなると
事務所での仕事と自宅での仕事の互換性がなくなっちゃうよなあ。。。
とも思ったり。(自宅はMacだし携帯もiPhoneなので)

アパレルCADソフトがMac対応になってくれるのが私にとっては一番都合がいいです。

一応マックでも使えるアパレルCAD(Adobeイラストレーターのプラグイン的なやつ)もあるのですが
高いんですよね。。。

かなり悩みます。

私がパターン屋さん一本でやっているのだったら
迷わずに導入するんだろうなあと思うのですが
基本生地屋さんというスタンスでパターンは余裕のあるときにしか作れないので、
そんなに本格的に導入するのも費用対効果的にどうなのかしら?
とも思っています。

経営者なもんでね。
その辺はかなりシビアなのです。
そもそも今は型紙起こす暇が全然ないので。

自分でデザインしたものをパタンナーさんに丸投げっていうやり方もやりたくないし。

デザイナーじゃないので。

オットは
「新しいMac買っちゃう?」と言います。
そろそろ買い替え時に差し掛かっているのは多分明確です。

で、
何を買ったらいいんだろう?
と、悩みます。

実際にApple Storeに行って相談するのが一番いいのでしょうけど、
緊急事態だし、今後また感染者が爆発的に増えそうな予感しかしないし、
ワクチンが足りなくて接種予約すら取れないし、
したがって渋谷とか表参道とか銀座みたいな都心部の
アップルストアに行く勇気もないし
「あ〜っ!genius!私に知恵を授けてください!」

リモートで。てへ。

っていう気分です。
(genius barはアップルストアにある、アップル製品の修理や使い方、活用方法などについて相談に乗ってもらったり指南を受けることができる駆け込み寺みたいなコーナーなのです)

事務所で使っているプリンターも最近ご臨終気味で、時々やまんばが夜な夜な包丁を研ぐような音を醸し出しているし、
いろんな設備を刷新しないといけない時期に差し掛かっているのかもしれません。

プリンターなんて毎日数百枚プリントアウトしてくれてて、
もう7年選手です。
いやそんなに酷使してたら異音もするだろうよ。
カラーレーザーでも導入しようかしら?

自宅をメインオフィスにして事務所を単なる出荷するための場所っていうふうにしちゃう?
だとすると、デッカいPCデスクが不要になるから、その空きスペースに反物を入れることができるから物量が増えていいかも。

とか。

たかがPCの買い替えだけで
いろんな可能性が思い浮かんでしまって
頭の中がごちゃごちゃにとっ散らかってしまって
結局決めることができずにいます。

そんな感じでオタオタしている間に
PCとプリンターがご臨終してしまったりしてね。

それだけは避けたいと思っています。

こんなときにシステム関係のことを相談できる人がいてくれたら心強いんですがね。
あいにくそういう人を雇うような経済力が

ありません。(笑)

経緯

暖簾の向こうの小部屋が最近のくまちゃんのお気に入りです。
老犬ソラがくまちゃんを大好きすぎていつも付き纏うので
くまちゃんは時々一人になりたくなるみたいで、
小部屋の奥に身を隠すことがあります。

これは
多分本人は小部屋に入っていると思っているんだろうなあ、と推測します。
頭隠してお尻隠さずですね。(笑)


今日は私自身のことを書こうかなと思います。
私は今、生地屋さんをやっています。
「生地を販売するためには型紙が必要だね?」ということで
生地屋さんを始めてからすぐぐらいに型紙も作って販売するようになりました。

販売価格は当時の大判コピー代プラス手数料程度の幾ばくかの利益分でした。
その販売価格は今も変更していません。

でも元々生地屋さんになろうとかなりたいとか思っていたわけではありません。
ただ、
縫うのが好きだったので自分が縫った子供服を販売してみたかっただけでした。

自分がムスメのために作って着せていたお洋服が
周囲の人に「可愛い!うちの子にも作って!」と言われることが多かったのがきっかけだったように思います。

「あんな感じの服にしたら可愛いかな」
「こんな感じの服にしたら可愛いかな」
と想像を広げて
いろんな子供服を作って細々と販売していました。
型紙は自分で起こしていました。

建築関係の仕事をしていたせいか、
平面から立体になったときの感覚が結構身についていて、
私にとって子供の服の型紙を起こすことは
全然難しいものではありませんでした。

私の作った服を着て動き回るムスメの様子を見て、
「ここが動きにくそうだな。」
「こういうラインどりにしたらよりスッキリして可愛く見えるな。」
と思う部分はどんどん改良していきました。
それが今のWildberryの型紙の礎になっています。

Wildberryのパターンで作ったお洋服は
「動きやすくてストレスがない上に綺麗に見える」と
言っていただけることが多いです。

赤ちゃんだったムスメが私の作ったお洋服を着て動いているのを
よく観察して改良した結果得た法則に基づいています。

当時のムスメはまだとっても小さくて
風邪をひいたり喘息を起こしたり、アトピーだったり中耳炎だったり
立て続けに体調を崩し、
入院したり、通院したり、また入院したり、
まるまる1ヶ月間お仕事ができないことがありました。

子供服を販売するサイトを立ち上げてからほぼ1年間、
月にいっぺん、新しいお洋服を公表して販売するというリズムを守って来ていたので
「どうしよう?今月は発表できる洋服が何もない。。。」
と焦りました。

でも私が新しいお洋服を作れなかったのは
子供の体調不良のせいで、
そして子供の体調不良はよくあることで、
免疫とか元々の体質とか、その他諸々の要因のせいで、
「そもそも子供は熱を出したり体調を崩したりするもの」だし、
結局誰が悪いっていうわけではないよなあ。
という結論に達しました。

毎月私の作るお洋服を楽しみにしてくれているお得意様もついていたので
期待に応えられないという焦りはありましたが
開き直りました。

「あんなお洋服を作ろう。こんなお洋服を作ろう。」
と思って仕入れていた生地を、
「今月はこれを直接販売してみよう。」
と思い立ちました。

お洋服を販売し始めてから、
インターネット経由で
生地の卸をやっている業者さん数件とつながりができていたので
普通の手芸店などで販売しているよりもずっと安い値段で生地を購入することができていたんです。

で
それらの生地を
「どうせ買ってくれる人なんていないだろうな〜」的な軽い気持ちで出してみたら
予想を遥かに上回る数の注文が来てしまいました。

当時はまだメールでの注文を受けていて
「ショッピングカートシステム」というものを導入していなかったので
予想を遥かに上回る受注数に狼狽えました。

慌てて仕入れ先の業者さんたちに連絡を取りました。
「あの生地、まだ在庫ありますか?」と。

ある場合はそれを確保してもらって送ってもらう手配をしてもらい、
ない場合は在庫分を超えたご注文のお客様に
「ごめんなさい」メールを送りました。

全部が手作業だったので
すごく時間がかかりました。

販売に出した生地は
ほんの数分で全部売り切れてしまいました。

びっくりしました。
それまでお洋服を作って販売していた時とは全然違うスピード感で
あっという間に生地が売れてしまいました。

そして
「もっと他の生地を紹介してください。数量が足りなすぎる。
もっとたくさん紹介してください。」
とのメールをたくさんたくさんいただきました。

縫うことが好きで生地が好きだったので
同じように縫うことや生地が好きな人がたくさんいるんだな〜と思って
すごく嬉しい気持ちになりました。

当時の私は、
子供の服を作っていたので
「子供の服といえばニット生地だよね。」
と思い、ニット生地専門の仕入れ先とばかり繋がっていました。

自分自身もカジュアルなお洋服が好きだったので
デニムにカットソーという服装が好きでした。
なので、
Wildberryはニット生地専門の生地やさんとして再スタートを切ることにしました。

子供の服を作って売る人だったはずなのに、
突然生地屋さんになってしまいました。

Wildberryを立ち上げてちょうど1年目のことでした。

Wildberryを立ち上げようと思ったきっかけは
二面性のある当時の夫の矛先が私とムスメに向き始めたことでした。
「俺の人生、お前たちのせいで台無しだ。これからはお前たちを養うための奴隷として一生社畜として生きることを余儀なくされてしまったんだ。俺はお前たちの犠牲者だ。」
と言われた時は辛すぎて1週間ほど、娘を連れて家出しました。
その半年後にWildberryを立ち上げました。

2歳を迎えてイヤイヤ期に差し掛かったムスメに対して当時の夫が虐待とも受け取れるような対応(真冬の雪の中、パンツ一丁で出先から歩いて帰らせました。断末魔のような子供の泣きき声が聞こえて戦慄しました)をしたときには
「オットと娘を二人だけでは出かけさせられないな。ムスメを連れてこの家を出よう。」
と決意しました。

当時仲良くしていた人たちからは
「あんなに優しそうで安定したdocomoの社員の奥さんなのに、なんでそんなに頑張って仕事するの?そんなに金が欲しいの?」
と非難されました。

わかってもらえなくてもいい。
とにかく逃げ出さなければ。

ムスメが寝た後で辛くて号泣しながらも仕事を続けたこともありました。
まる二日間寝ないで仕事をしたこともありました。

とにかく逃げ出さなければ。
そして逃げ出した後で安定して暮らして行ける経済力を私が身につけなければ。

体調を崩しがちな
喘息持ちでアトピー持ちで体の弱い甘えん坊な娘のために、
彼女が求める場合にはいつでも一緒にいてあげられる環境が必要だとも思っていました。
なので、
パートタイマーやどっかの企業の社員ではダメだな。と思っていました。

体調を崩しがちなムスメを抱えて
保育園から頻繁に呼び出しがかかる状態で、
「どこかに勤める」=「自分が早退することで他の人に迷惑をかけたり反感を買う可能性がある」
という生計の立て方の選択肢は私の中からは消えました。

「なんとしてでも自力で稼いで自力で生活を構築できるようにならなければ。」

その考え方に固執して支配されていました。

「そんなに金が欲しいか。」
「あんなに優しそうな旦那さんなのに何が不満なんだ。」
(優しそうでしたが土日に中耳炎でムスメが高熱を出したら
『せっかく遊びに行こうと思ってたのに!』とキレるような人でした)
「わがままにも程がある。」

いろんな意見をもらいました。

で、結局私は当時仲良くしていた友達を全て失いました。
全員が離婚に反対していました。

でも私は突破しました。

とにかく「ムスメを安全なところへ連れ出さなければ。」というその一心でした。

なので、
私は最初から生地屋さんになりたかったわけではありません。
建築関係のお仕事はしたことがありましたし
お洋服やファッションは好きだったけど、
生地屋さんになって素敵な私になりたかったわけでも
アパレルの仕事をするカッコいい私になりたかったわけでもありません。

ただ、ムスメを守りたかっただけです。

なので、
ムスメを守り育てることがきた一人の母親として自分のことを誇りに思うことはありますが

生地屋さんで素敵な私
とか
アパレルの仕事をしてかっこいい私
を誇りに思ったことはありません。

でも、
生地は好きです。
そしてお洋服も好きです。

楽しく暮らそう計画3

事務所で持て余していた木の箱を3個ほど持ち帰ってきました。
キャリーカートで。

私が持っているキャリーカートはこれまた古巣の社長にもらったもので、
車輪が大きくて運ぶ時に出る「ゴロゴロ」音が静かで、
かなり良いものなのではないかな?と思います。

一緒に仕事をすることになって
奈良県から大阪に事務所を移す際のお引っ越しの時に貸してくれて
そのままもらいました。
(借りパクじゃないよ?ちゃんと承諾もらったよ?)

奈良に住んでいた頃は灯油ストーブを使っていたので
社長にもらったキャリーカートに灯油缶を2個ぐらいくくりつけて
近所(徒歩2分)のガソリンスタンドへ買いにいったのを思い出します。

東京に引っ越すときは
犬たちのケージを二階建てにしてキャリーカートに括り付けて新幹線に乗って来ました。
犬たち用の乗車運賃も払いましたよ。
ソラが不安がってクンクン言っていました。

ムスメが一人暮らしを始めるときに
収納として事務所の木の箱を使いたいと言っていましたので
同じようにキャリーカートに載せて
娘の新居に運びました。
この時はキャリーカートに箱を乗せて蔵前の事務所から娘の新居まで
電車で運んだのですが
ものすごくいろんな人に、ものすごくジロジロ見られました。

「箱をキャリーカートに載せて運んじゃダメだっていう法律か条例でもあるの?」
と逆ギレしたくなるぐらいの
なんというかものすごく異質なものを見るような目
好奇の目で見られていたような気がします。
向かい合わせにした2個の箱の中に一個の箱を立てて入れ込んだので、
一般的な大きめのスーツケースぐらいの大きさに収まっていたのですがね。

知らん顔して突っ切りましたが、視線が痛かったのを覚えています。

外国人(多分中国か韓国の人)に大声で何か言われました。
言葉がわからないので無視しましたが。


で、

今回は事務所から自宅まで同じようにして箱を運びました。
(ハコをハコんだ。箱だけに。って駄洒落じゃないよ)、
事務所からはものすごく人通りの多い商店街を通らないと家に帰れないので
人混みの商店街を箱を積んだキャリーカートを引いて歩きました。

人の視線を
全然感じませんでした。

生きてるんだもん、箱ぐらい運ぶさ。(ハコだけに。)
ぐらいのおおらかさが
今住んでいる高円寺にはあるような気がします。

自分の行動は変わらないのに、
それを行う地区によって周囲の反応がこんなにも違うもんかね?
と思うとなんだかちょっと面白くなりましたよ。

持ち帰った箱は
結束バンドで連結して
無事に我が家のソファー横の空きスペースにピッタリと収まり、
新しい本棚兼収納となりましたよ。

ここにお針箱とか仕事の資料やアイロンなどが入りました。

上に乗っている地球儀は最近近所のガラクタ市で購入したものです。
地理が苦手で
(学校に通っていた頃の成績は良かったのですが、テストが終わったら全てケロッと忘れてしまっていたんです)
どこに何の国があるのか、いまだにわからないので。(笑)
(どこに何の国があるかわからなくても今まで困ったことがないとも言います)
今はどこに何の国があるのか興味が出てきたので買いました。

とても安くてとても汚れていたけど、
セスキ溶液をスプレーして拭いてあげました。

不要なものは減らして必要なものは増やして、
快適に使えるように工夫します。

狭いので。

生き字引とアパレル業界の現実とその他諸々

生き字引なんていう言葉は、老人をさす場合が多い言葉ですね。
何か特定な事柄に精通していて、
その人に聞けば大概の疑問や不明点は解決してしまうような物知りな人を指す言葉ですね。

災害レベルの暑さが続いている連休ですが、
皆様はいかがお過ごしですか?

私は全然家から出られません。
昨日もベランダの温度計は40℃を指していました。
そして室内の温度計は32℃。
エアコンの温度設定は25℃でした。
「最上階だからかな。。。」
と、思いました。

外に出られない連休。
オリンピックの開会式が行われましたね。
アメリカの選手団の制服が今回もラルフローレンだったなあ、ということ以外は
ワタクシ的には特に見どころがありませんでした。

そんな自発的なおうち時間の中、
無理しない程度に次の新着の準備を始めましたよ。

頑張りません。
頑張れません。

こんなに暑いと、
事務所に歩いていくだけで全ての体力を使い切ったような気分になる程消耗します。
少なくとも私は。
(もちろん出荷のある日は頑張って行きますが!)

なので、
「今できる目先のこと」からやることにしました。(何事もハードルは低く!)

というわけで、いつもいつも持ち歩いている
「次の新着生地の詳細資料」を見て、
商品ページの作成だけを先に行うことにしましたよ。

次回の新着は、ご紹介する生地の種類が結構多いので、
新着準備にはかなり時間がかかってしまいそうです。

いつも通りのペースで発注をかけていたのですが
ムスメの手術、自分の発熱、オットの発熱、娘の熱中症様症状と
「仕事どころじゃない」状況が続いたので
新着アップがなかなかできず、
入荷生地がどんどんと溜まってきてしまったような状況にあります。今。

と、いうわけで、
災害レベルの暑さに怯えながら、自宅で新着準備を始めましたよ。

まずは古巣の生地。と思い詳細ページを組み立て始めました。

前回納品してもらった時にF先輩に
「生地の情報開示項目がばらんばらんでわかりにくい!
最低限、品番、生地幅、混率、糸使いの表示は徹底してください。
着分を取った生地は再度m数を測り直して、汚れている袋は新しい袋に入れ直して
紙管が折れている生地は巻き直して納品してください。」
と要望を出しましたので、今回は生地に関する情報がちゃんと揃っていたので、
家でも仕事ができる状態でした。

着分というのは
在庫生地を見たアパレルさんが
サンプルのお洋服を作るためにその着分だけ生地を購入するというシステムです。
着分を取り寄せてサンプルを作って、
それで良さそうだったら量産につながるということもあるので、
最近のアパレルさんは着分を欲しがる傾向が強いんです。

最初から出来上がりの像を想定して、そこに近づけるために生地他パターンを発注するのが昔のアパレル業界でしたが、
最近のアパレルのデザイナーさんは「在りものの生地」をもとに
デザインをする場合がほとんどです。
デザイナーさんが生地を知らない、縫製を知らない、パターンを知らない、
なんてこともザラです。

でも、着分をとっても
量産につながるなんて本当に稀です。
現物の生地を目の前にしても
これをどんなアイテムにしたら良いのかわからないんでしょうね。

デザイナーが縫製もパターンもできない今のアパレル業界では。

で、着分を請求されたら
その都度少しずつ多めにカットして送ります。(有料)
でもその「すこしずつ」がチリツモで、
表示m数よりも現物の方が随分と短かったという現象が起きてしまいます。

前回までは
m数はいい加減だし(足りないことの方が圧倒的に多かった)
生地幅の情報が記入されているものもあればないものもあって
いちいち現物を確認して、
自分で生地幅を測るしかなかったので
自宅で商品の登録作業なんてできっこないような状況でした。

また、表示m数よりも現物がかなり短くても表示通りの請求が来ていたりしていたので
私一人が大損を被るような状況が結構続きました。

古巣の生地は素晴らしいのに、
それにあぐらをかいたようないい加減な仕事をされたんじゃあこっちもたまらないので
(繊維業界に見られがちな特徴です。別のレジェンド系の工場に12反引き取って欲しいと言われたのでじゃあお願いって言ったら、120反以上届いたということもありました。それに対して苦言を呈したら「エビデンスを残さなかったお前が悪い」と言われました。繊維業界って詐欺集団なのかな?と思いました。遠い昔。今はもうすっかり慣れたのでそんな事起きませんが。)
在庫生地の管理や出荷に関するあれこれを取り仕切っているF先輩に
僭越ながら苦言を呈させてもらいました。

「最低限生地幅と生地の長さは正確に表記してください。
これがないと用尺が出せないのでお話にならない。
あとは混率。そしてもしできるなら糸使い。
私は生産者とお客さんの間を繋ぐ橋渡し役でしかなくて、
私の先にあなた方が作った生地を楽しみにしていてくれるお客さんがいるんだってことをちゃんと認識してください。客は私じゃないんです。私の店のお客さんが、本当に意識するべきお客さんなんです。」
と。

これ、
裏を返せば
「お前のやっている仕事は最低限未満やで。もっとしっかりせえや。」
と言ってるのと同じ意味合いなので
F先輩にとっては侮辱と受け取れるような内容の発言だったんじゃないかなと思ったのですが、
変に遠慮して仕事するたびにモヤモヤが残って結局
「古巣の生地仕入れるの、もう嫌。」
ってなるよりはずっと良いと思ったので
あえて言わせてもらいました。

F先輩にはいろんなことを教えてもらったし、
困ったことが起きた時はいっつも助けてもらっていて
本当に優しい先輩で、恩義を感じているし、その人間性は大好きなのですがね。

ちょっと良い加減なところがあるかな〜とか思う部分があるかな〜というか
良い加減な部分がかなり際立っているかな〜なんて思うところがモニョモニョ。。。

(笑)

まあ、そんな経緯をたどって、
生地詳細の情報が在宅ワークでもできるぐらいまで揃うようになりましたので
家で登録作業を始めました。

少し似たスペックの生地が2種類ありました。
「ん?これは何がどのように違うんだ?」
と、疑問に思いました。
なのでその生地を作った社長に聞きました。
(すごくマニアックでわかりにくい生地を作るのは大概社長です。)

「◯◯と△△の生地は糸使いがとても似ているのに、生地の厚みが違うのはなぜ?
そして薄いように感じる上に生地幅が狭い△△の生地の方が単価が高いのはなぜ?」
と。

そうしたら
「◯◯に使われた糸と△△に使われた糸は同じアメリカの紡績が作ったものなんやけど、
日本に入ってくる経路が違うんや。
輸入経路が違うと単価が違うのはよくある話や。
今、その糸は世界中で人気があるから、
単価が高騰していて入手困難になっているのは事実で
輸入した時期によっても仕入れ単価が変わってくる。
あとは△△の方は一緒に使ってる糸が高いからっていうのもあるし、
ロットの問題で損失分も単価に上乗せせざるを得なくてこの単価になってしまうんや。」

と
教えてくれました。

73歳のおじいさんです。
最近
「いやあ、昔のことはハッキリ覚えてるのに、最近のことになると曖昧やねん。
認知症の入口やな。」
なんて言って笑っているおじいさんなのですが
(本人はおじいさんという認識がないので、
「いや、どっからどう見ても立派なおじいさんやで」と言ってあげます)
生地の名前を言っただけで
どの生地か、
そしてどういう背景でどういうふうに作ったのか
その経緯がどうだったのか
資料を見なくても即答できる社長は
自分の作る作品(生地)に対してどれほどの思い入れを持ってどれほど向き合っているのだろうと想像すると身がすくむような気がしました。

「貴重な話が聞けたわ。ありがとう。」(関西弁)
と言いました。
社長は
「休みの日なのに仕事の話聞かしてごめんな。」
と言いました。
「いや、こんな貴重な話聞けて、また理解度が高まったわ。こんなふうに疑問に思ったことをさらっと教えてもらえる私はラッキーやと思うわ。ほんまにありがとう。」(関西弁)

と言ったら
「繊維業界の地引網じゃなくて、あれ?なんだっけな?」
とボケ始めたので
「生き字引やろ!」と突っ込んであげました。

「うちの会社の奴らも、お前ぐらい興味や疑問や関心を持ってくれたらなあ。。。」
と言っていました。

あーこれ、
「お前が男やったらなあ。。。」と言っていた時と同じテンションだ。

なんかすみません。
やめちゃってごめんね。

と思ってしまいました。

あの頃の私が
ムスメが成人して
自分のことは自分でできるようになって「育児」する必要がなくなり、
オットが私を全面的に支えてくれている今の状況だったら

体を壊すこともなくやれていたのかもしれないなあ。
なんて思う今日この頃です。

ワンオペで育児をして家事をしてしかも仕事をして生活を支えるということは大変です。

育児って時間とエネルギーを必要とする一大事業だし、
それを成し得るお母さんたちってやっぱり大変だし偉大って思います。

今の日本の、子育てをするお母さんたちに冷たい社会
男尊女卑の考え方
そして子育てをしている人たちを支えるサポート体制
もっと変わって欲しいなあと思います。
子育てしているお母さんたちが排除されがちな今の社会って
そしてそこに蔓延る考え方って
もっとオープンで寛容な方向に変わっていって欲しいと私は思っています。

子供って騒ぐものだし、赤ちゃんって泣くものだし。

それを「迷惑だ」なんていう社会によって
今の子育て中のお母さんたちは追い詰められがちなのではないのかしら?
と思います。
まあ
別の要因(家庭内蔑視的なやつ)も家庭によってはゼロではないとは思いますが。

アパレル業界のことを
「ゆっくり死に向かって邁進している業界」
だって思っていましたが
今は
「それって、日本っていう国及び社会全体のことかも?」
と思い始めている
今日このごろのセミおばあちゃんです。

楽しく暮らそう計画2

家の中で過ごす時間を少しでも快適に楽しい気分で過ごせるように工夫しようと思い立ち、
早速始めましたよ。

まず「容易にできること」から安易に始めました。(ハードルは低く!)
我が家には1間の押し入れと半間の扉式の押し入れがあるのですが、
私の服が増えすぎていて、
それでは到底収まりきらないような状況になってしまっていました。

オットなんて、四季の服、半間分で間に合っているのに。
(上の段はハンガー、下の段は引き出し収納3段)

私の服は押し入れ1間分プラス90cm幅のハンガーラック一個でも収まりきらずに
わしゃ〜〜〜〜っ!!と溢れかえっていました。

溢れかえった服の中でも、
自分が普段着用する服ってかなり限られていて、
「好きなんだけどそういえばここ数年の間に数回しか着てないよなあ。」
と思うものが結構ありました。

事務所に置いてある黒の焼き付け塗装のハンガーラックも今は全く使っていなくて、
反物の出し入れの時に引っかかって作業がしにくいような状況でした。

そんなわけで、それら全部、
事務所の前に「ご自由にどうぞ」と設置してみようかな?
と思いました。

嵩張るニット類が多くなってしまいました。
このクソ暑いのにニット類って〜(笑)

エントリー選手は
26パンツの画像でもお馴染みのアランニット。J.CREW。
ロングスカートの商品詳細ページでも着用していたアランニット。
これは日本国内で有名なブランドではないですが
れっきとしたアイルランドのフィッシャーマンセーターです。
使用されているウールの糸の質がものすごく良くて、
めちゃくちゃ暖かい、素晴らしいセーターでした。
そしてラグランビッグスエットの商品詳細ページで着用していたパッチワークニット。
ジョンブルのものです。
総裏コート。
これは丁寧に丁寧に作ったので、
ハンドメイドだけど多分普通の人にはハンドメイドだって気づかれないんじゃないかな。
タイトスカート。
これは確かmicoチノクロスを使って作ったんだけど、
すんごいいい生地で、綿100なのに光沢があって本当に高級感のある生地でした。

総裏コートで使ったのと同じ
インディゴ糸を使用したグレンチェック生地で作ったバージョンも一緒に出しました。

あと、
Wildberryオリジナルアランジャガードで作った、総裏地付きバージョンも出しました。

他には
カナダのKANATA社製のオフホワイトのアラン模様のカウチンニットも出しました。
すごく良いものなのですが、重すぎる上に東京で着るには暖かすぎる感があって、
最近はほとんど着ていませんでした。

あとはインバーアランのマフラーとか
帽子も数点出しました。

事務所の前に、
ハンガーラックに吊るして
「ご自由にどうぞ。」と手書きで書いた紙を添えて。

これから真夏を迎えるのに、冬物ばっかり出したので
そんなにもらってくれないだろうなあと思い
「もう少し追加できるように」と思って
nest robeのデニムとか(もうジーパン履いてカックイイお年頃じゃないからねえ)
綿麻ボーダーの生地で作ったラップパンツ(張り合わせで復活する予定ですが、ちょっとお時間かかってしまうかもです)とか
エッグパンツとか
裏かの子ボーダーポンチで作ったカットソーワンピースとか
再度お洗濯して準備していました。

「ご自由にどうぞ」ラックを設置したのが水曜日の夕方6時過ぎ。


翌木曜日。

昼頃

オットが
「タバコを買いに行くついでと病み上がりのリハビリを兼ねて事務所の『ご自由にどうぞ』がどうなったか見てくるよ。天気いいから、日焼けして色褪せしちゃったらいけないから、余ってたら事務所内に引き上げてくるよ。」
と言って出かけて行きました。

で

「本当に出してたの?っていうくらいに綺麗さっぱりなくなっていたよ。
ハンガーラックさえも跡形もなく、なんにもなかった。」

との連絡をもらいました。

あれっ!
余っている前提でもう少し追加するつもりで準備していたんだけどなあ。
ラックがないと陳列できないや!

なんて言いながらも
「全部もらってもらえたなんて嬉しいなあ。」
とも思いました。

これって高円寺の「ご自由にどうぞ文化」って言われているみたいで、
「共助の精神」が街全体で根付いているみたいです。

生活していると
ついついモノって増えてしまいがちですが
生活するのに必要なモノって
そんなに多くなくても意外と大丈夫なのかもしれないなあ?
と思う今日この頃です。

「余らせてしまいがち」な人が
「これ余らせちゃったから誰かもらって!」
というと
「不足しがち」な人が
「オッケー引き受けるよ!」と言って活用してくれるのは
お互いに助け合って暮らしていくみたいな精神があるような気がして、
なんとなく嬉しいです。

あ、でもすんごいミニマリストみたいなことは私には無理かなと思っていますよ。
視覚的に寂しがり屋なので
スッキリがらんとした環境だと
そわそわして落ち着けないので。

そこそこごちゃごちゃしていて
そこそこスッキリしている
そんな状態が好きです。(当社比)
だから狭い物件が好きなのかもしれませんね。

ま、何を快適に、何を不快に感じるかも
人それぞれですもんね。

楽しく暮らそう計画1

昨日とよく似た構図ですが、
今日の写真です(笑)。

老犬ソラは頭を冷やしながらくつろいでいます。

少し前、
私はついうっかり
「マンションでも買おうかしら?」と思ってしまいました。

すごく近所に、今住んでいる部屋よりも少し狭いぐらいだけど意外と使いやすそうな間取りの格安物件が売りに出ていたんです。

分譲マンションで
一人暮らしにはちょっと広いけど家族で住むにはかなり狭い
いわゆる中途半端な物件でした。

高円寺って、
新宿から快速で8分と意外と近いので、
かなり下町感あふれる街ですが意外と物件の相場価格って高いみたいです。

なのでこんなにお買い得価格で出るのはかなり稀です。
「ん?ひょっとして瑕疵物件か?」(大島てる?)
と思うほどのお買い得感です。

そのマンション、分譲物件なのですが
投資物件としても人気があるみたいでいわゆる分譲賃貸として賃貸情報にも頻繁に出ているのですが
概ねお家賃が安めなので、
古いから、とか環状7号線(とっても交通量が多いので賑やかなんです)沿いな上に消防署の近くでいつもサイレンの音が賑やかだから
とか
いろんな理由でこの販売価格なのかもしれないなあ。と思いました。

これ、近いし現地見に行ってなんでもなかったら
(この場合は霊的に。っていう意味です。私、霊感が強いので。)
買っちゃうかも。
という具合にテンションが上がってきました。

ローンシミュレーションサイトに飛んでいって
頭金をこうして
返済年数をこうすると
月々の返済額はこうなるのね〜。
と
具体的に考え始めた矢先でした。

発熱しました。私が。結構な高熱でした。

コロナ陰性でした。
数日で熱は下がりましたが体力を消耗してダメージが結構残りました。

私の熱が下がった途端、次はオットが発熱しました。
私の発熱を遥かに凌駕する高い熱でした(インフルエンザか?と思うぐらい)
同じ日に術後外来に行っていたムスメが、帰り道で気持ち悪くなってしまい、
途中下車した駅のトイレで動けなくなってしまいSOSが来ました。

具合悪くて必死だったので、どの駅で降りたのか覚えていないとのことだったのですが
トイレの特徴を聞いて
「あの駅だな!」と目星をつけて向かいました。
駅まで行くのがまどろっこしかったので
タクシーに乗って行きました。

駅員さんに事情を話して
改札を開けてもらい中に入ったら
案の定ムスメが青い顔をしてフラフラしながらトイレから出てきたところでした。

慌てて確保し、
駅員さんにお礼を言って
改札隣のコンビニで保液系の冷たい飲み物を買って飲ませたら
徐々に顔色が戻り、徐々に元気になりました。

熱中症を起こしかけていたみたいでした。

駅前でタクシーを見つけ、家まで運んでもらいました。
(往復のタクシー運賃、プライスレス)

自分がやっと熱が下がり、
「さあ今日からお仕事頑張るぞ!」
となった日に
夫の高熱とムスメの熱中症

「お仕事する暇がな〜い!」

と泣きたくなるような気分でした。

そこで
「ん?待てよ?
これは物件を購入するなということなのかもしれないぞ?」
と
なぜかふと思いました。

今自分が何事もなく暮らせている事に感謝して
欲を出さずにこのまま暮らして行けと
どっかの崇高な存在が言っているんだろうなあ〜と解釈する事にしました。
(真実は分かりませんが。そう思うことで逃れられる難や不幸もあるんじゃないかなと私は考えています)

そんなわけでマンションを買う計画は白紙に戻りました(笑)。
自分の中だけの計画だったのですがね。
(自分の稼ぎだけでマンションを勝手に買える経済力と行動力な嫁を持ったオットはいつもヒヤヒヤしていると思います)

賃貸物件に住んでいると
「我慢ポイント」っていうのがあって
「ここ、不便だなあ。」っていう部分が必ず出てきてしまいます。

そんな部分を自分の努力で改善して全てを「快適」にするための活動を
始めようかなと思いますよ。

お仕事しながら、生活しながらでかなりスローペースになるかなと思いますが
よかったらお付き合いくださいね。

さて、いじめ

処分寸前で我が家に来た老犬ソラ
東京オリンピックは、本当に最初から最後までケチがつきまくって
グッダグダな感じですね。

いいんですかね?こんなんで。

最初に決まったロゴマークはパクリだったし、
競技場はコンペで選ばれた案が「実はもっとお金かかりま〜す!」って
まるで後から爪を伸ばしてきた
もしくは当選するためにわざと安めの見積もりで出品したかのように見える案件で
再コンペする時間がないから隈研吾氏にお願いして
(そもそも立て直す必要あるのか?っていう意見もたくさん出ていましたね。私も同感です)
選手村は豊洲市場の土壌が汚染されているからその調査のために
選手村から都内まで続く道路の建設がストップされて
本来だったらもうすでに間に合わないぐらいの時期になってようやく(しかも半ば無理矢理に)豊洲市場がオープンして
で、道路の建築が再開されて
おそらく突貫工事で間に合わせたんでしょうね。

果たしてその道路、
大丈夫なんでしょうかね?

阪神大震災の高速道路倒壊みたいな悲惨な事故の二の舞にならないんでしょうかね?

海外の選手たちがどんどん日本国内に来ていて
コロナの感染者もどんどん発見されていて
合宿所から逃げ出してしまう選手もいて

「感染対策を万全にして、安心、安全なオリンピックを行います」
みたいなどっかの総理大臣の発言は
実態を伴わないまさに絵に描いた餅のように感じます。

お金が足りないからっていう理由でしたっけ?
日本が世界に誇る伝統芸能の継承者である野村萬斎さんの起用を取り消し、
それと同時にリオ五輪の閉会式をプロデュースした椎名林檎さんの起用も無しになり

で、
なぜか小山田圭吾氏が起用されたと最近ニュースで知って
「????なぜ?」
と思いましたよ。

いや、フリッパーズギター好きですよ。

でも
「性格悪い」ってことで超有名だったこの人を
起用した理由が、ちょっとわかりませんでした。

そうしたら過去にいじめ自慢を武勇伝のように語っていたということが発覚して
(紙の媒体って後世にも残りますもんね)
しかもそのいじめていた対象が障害者の方で
「パラリンピックに相応しくない」
という事になって
直前で降板。

「小山田圭吾っていう人が過去にやったいじめに関してTwitterがざわついてる」
とムスメから聞いて
「でしょうね。普通に悪びれずにいじめとかやっちゃいそうなイメージあったもんね。
別に驚きはしないわ。
そのインタビュー記事を載せた雑誌ってロッキンオンジャパンでしょ?」
と普通に答えていました。

なんでしょうね?
開会式直前になって付け焼き刃みたいに小山田圭吾氏が起用された事にはものすごく違和感を覚えました。
「時代的価値観」みたいな風な言い方をされていたみたいですが
私が育った世代は
いじめってものすごくあからさまでした。

スクールカースト的な感覚はもうすでにあって
「イケてるグループ」
と
「地味なグループ」
と
明確に分かれていたように感じます。

高校生の頃、
クラスの大人しい男子がターゲットになりました。
「イケてるグループ」の男の子が
大人しい男子をいびっていびって
問題になりました。

その時にその首謀の男の子は
「あいつがクラスに馴染めるように、可愛がってやってただけで自分は断じていじめなんてしていない。」
ときっぱりと断言していました。

やられた大人しめの男子は不登校になり、出席日数が足りなくなり留年しました。

その
やった側の男子は
その後地元の成人式で
成人式実行委員会の委員長として
晴々しく舞台に立って挨拶なんかしていました。

「みんなが面倒くさがってやりたがらないことを率先してやる俺、
かっこいいだろ?」
とでも言いたげなように私は感じました。

多分彼も
クラスメイトの男の子が不登校になって留年してしまった事に対する罪悪感なんて
これっぽっちも感じていないんじゃないかなと思います。

彼の性格を思うと
「あいつが弱すぎたせいだ。俺が鍛えてやったんだ。」
ぐらいに思っているんじゃないかなあ?と思います。

暇つぶしにいじめを行う人もいますよね。
私の姉がそうでした。

「暇だから」
とか
「なんかむしゃくしゃするから」
とかいう理由で
言いがかりをつけられたり
それに反発すると殴られたり
ゲームをして遊んでいて私が勝つと
壊れるまでゴミ箱でボコボコに殴られたこともありました。

「親が帰ってきた時にゴミ箱が分解されていたら怒られるから」

と言って姉は必死でゴミ箱を直していました。
スチール製のゴミ箱だったので、修復可能だったんです。

「自分の怒りやモヤモヤは私を対象に排泄するのに、自分が怒られるのは嫌なんだ。。。」


我が家の老犬ソラは
ペットショップで売れ残って
処分寸前で我が家に来た犬です。

貧相な外見で、おおよそチワワらしくなかったんでしょうね。
おそらく特定の店員さんに虐待を受けていたんじゃないか?と
別のペットショップのベテランのスタッフの方が言っていました。

仲良くなるまで半年かかりました。
すごく大変で、すごくたくさんのエネルギーと時間を
ソラと向き合うために費やしました。

で、今はとっても賢くて
とっても心優しい
我が家の中心的存在です。

あんなに貧相だった顔も
今は誰からも「イケメンだね〜。」
と言われる良い顔になりました。
いじめられたことのない人にとっては
いじめられた時の苦しさや絶望感なんてわからないと思います。

気晴らしみたいな感じでいじめるんですもんね。

ホモサピエンスは
種の存続の為に、働かない個体を攻撃して排除した
という話があるのだそうです。

「いじめは種の存続のために本能的に行われることである。
だからいじめは無くならない。」

という人もいるみたいです。
すっごく頭のいい
なんだかすごい肩書きも持っている学者さんみたいな人も。

まあ、
そうなのかもしれませんが
それって
ヒト未満の存在の話ですよね。

私たちはヒトなので、
「だからいじめてもいいんだも〜ん」
なんて考えない方がいいんじゃないかなと私は思います。

んなこと言っても
いじめってなくならないんだろうなとは思いますがね。

暑いですね

昨日の午前中の、
我が家のベランダの温度計です。

暑い。。。
室内はエアコンをつけていましたが30℃より下がりませんでした。
それでも外から室内に入ると
「わ〜!涼しい!」となるのですがね。

「外より涼しいだけで実際には十分暑い温度だよね?」
と、
後で気付きます。
そんなわけで私は旅に出る事にしました。


嘘です。

前の事務所は今よりもずっと広かったのにエアコンのパワーが小さく、
(電気屋さんが言っていました。『この広さでこのエアコンの出力は足りないかも。』と)
カット作業をする裁断台のある窓際まで涼しい空気が行き届いていませんでしたので
ボックスファンを使って室内の空気を攪拌していました。

新しい事務所は狭くて、
エアコンを付けたらあっという間に涼しくなりますので、ボックスファンを自宅へ連れ帰る事にいたしましたよ。

このボックスファン、
15年ぐらい前に、当時住んでいた関西の自宅近所の雑貨屋さんで購入した時は
確か3980円ぐらいだったんじゃないかなと思います。

今は2倍ぐらいのお値段で流通しているみたいです。

本来の使われ方は、
上にスライドする窓
(フランス窓っていうの?間違えたらギロチンみたいになりそうなやつ)
の窓枠に設置して
室内の空気を強制的に外に出すためのものみたいです。

日本では上下スライドの窓なんてあんまり見かけませんので、
普通に床に置いて使っているのですが、
風力を最大にすると
時々自分の風圧に押されてバタンと倒れます。

なんとも間抜けで可愛いやつです。

梅雨が明けた途端にビックリするぐらいに暑いので、
これからどれほど暑くなるのか、恐ろしいです。

マメな水分補給と、ミネラル補給を心がけて
なんとか生き延びましょうね。

楽しく生きる

ご飯の時間が近くなると、老犬ソラはご飯茶碗の前に陣取って、
「ご飯欲しいです」アピールをします。

ご飯は毎日決まった時間にあげるようにしています。

本当は飼い主の気まぐれで多少ずらした方がいいと聞くのですが、
それをすると、食いしん坊のソラは「下さい下さい」アピールを繰り出し続けてくるので
家の中が大賑わいになるのと同時に近所への迷惑も発生しかねません。

「ご飯欲しい」アピールが始まっても
「まだご飯の時間じゃないからだめだよ。もう少し待ってね。」
と言ってたしなめます。

背中が、「ご飯下さい。」って言ってますよね。(笑)

昨日の朝、ムスメが我が家に洗濯をしに来ました。

その後、術後外来で病院に行ったのですが
帰りに暑さのせいか体調が悪くなってしまったので、
取り込んで畳んであげたのですが
その中に懐かしいタオルがありました。

10年ぐらい前に古巣の社長にもらったタオルです。
ジョンブルっていうデニムメーカーさんの展示会に行った時にもらったお土産です。

「これ可愛い〜!ちょうだいちょうだい!」とまだ小学生だったムスメは言っていました。

ムスメが小さい頃はちょいちょいWildberryの大阪の事務所に連れて行ったりしていたんです。
子供好きの社長はとても可愛がってくれて、
すごく良くしてくれました。(ありがとう)

まだ大事に持ってて、しかも今も使ってるんだ〜。
と思ってなんだかジーンとしてしまいましたよ(親バカ)。

このタオルも、
展示会に来てくれた人にプレゼントするためのものなので、
決して上質なものではありません。

でも
このタオル、可愛いです。

彼女にとっては
「可愛いと思う」
「好き」
が
一番「価値」のあるものなんだなあ。

と思いました。

私もますます、
自分の「好き」を追求する生活をしたいなあと思いました。


楽しく生きたいですもんね。
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