見方を変えてみる?

最近試作しているバスクシャツの、
七分袖バージョンと長袖バージョンを比較しやすいように並べてみました。
コンパクトに見えていたのですが、実際には身幅が結構広いので、
肩幅の広めのハンガーにかけるとなんとなく間延びして見えますが、
着用した感じはもう少しすっきり見えます。
人の体って、厚みがあるからね。

概ね、良いかな?と思えるサイズ感になったので、
ようやく、そろそろデータ化に出そうかな?と思っていますよ。

高円寺の今の事務所に引っ越してから、
事務所がとても狭いので、着用画像を撮影する場所の確保が難しく
どうしたもんかな?と考えあぐねていました。

で、自宅の一角を着画撮影のために使うことにしようと思いましたよ。
そういえば、蔵前の事務所に居候がいた時も自宅で着用画像を撮っていたっけな。

家具や窓の配置から、少し準備が必要そうなので、
それが整ったら張り切って着画撮影をしようかなと思っていますよ。
今しばしお待ちくださいね。

蔵前の事務所は広くて日当たりがよく、本当にいい条件の事務所でした。
失って初めてそのありがたさに気づくっていうのは、人の常ですね。

「当たり前じゃなくてありがとうと。」
そんな一説が含まれる歌があったなあ。

ということで、ここでぶっ込みクイズです。
この一節は誰のなんていう歌でしょう?

小さなハギレと、まあまあの長さがあるロス生地を入れる箱がいっぱいになって来ましたので、
今回は「小さいハギレ希望」もしくは「ある程度用尺のあるロス生地希望」とどちらをご希望か明記してこちらからエントリーしてくださいね。

日曜日が終わる時までエントリーを受付させていただきます。
ダブルエントリーでも全然大丈夫です。
小さいハギレはウエス用としてお使いいただいても全然大丈夫です。

すごく有名な曲ではないのでご存知ない方が多いと思いますので、
もちろんGoogle先生やYahoo!先生に教えてもらっていただいて大丈夫です。

よかったら歌詞の全文を読んでみてもらったり、
もしそれ以上興味があったらYouTubeに上がっているみたいなので聞いてみて下さい。

今、そしてこれからの世の中はますますこんな風になっていくんじゃないかなあ。

と、

私は思っていますよ。


今現在の日本は法治国家で、
人々の行動や倫理観は法律によって人の行動や言動は細かく厳しく管理されています。

それとは別に、
強制力はないけど、「倫理観」や「常識」でも厳しく制限されています。

その倫理観も、
場所や年齢や、職種や住んでいる社会が違うと天と地ほどの違いがあって、
あっちの世代ではタブーなのにこっちの世代では全然OKだったり、
あっちの地域ではタブーだったのに、こっちの地域では全然OKだったり、
あっちの業界では「非常識」であると認識される行動や考え方が、
こっちの業界では「常識」だったりします。

んで、
声が高い人の意見が正しいとされがちな状況もありますよね。

私の身近で経験したわかりやすい事柄だと、
10〜20年ぐらい前までは「アニメが好き」なことは
ダサくてカッコ悪くて根暗でキモくていけてなくて、
「ディスリスペクトしても良い対象」として認識されていて、なんなら「いじめても良い」ぐらいに認識されている場合もあって、
なので、アニメが好きな人たちって、自分がアニメが好きだということを
他人にバレないように必死で隠す、という傾向がありました。

同性愛者やトランスジェンダーもそうです。

でも今、アニメは日本が世界中に誇れる一つの「文化」として認識されていて、
産業としてもものすごい規模になっています。

世界中の「偏見のない」人たちから評価されて
「自分がアニメが好きなこと」を恥ずかしいことだという概念を「刷り込まれて」いない海外のファンの数がものすごい勢いで増えて、
商業規模がどえらいことになってしまったので
それまでアニメ及びアニメファンをディスって排除しようとしてきていた人たちも、
その勢いに対抗できるほどの「ディスリスペクトするべき理由」を持ち合わせていなかったため、お金の力に負けて認めざるを得なかった、という形で
今、アニメファンが昔ほどいじめられたりディスられたりするようなことはなくなって来たのではないかな?と思います。


恋愛や性的な話になると日本人は特にタブー感が強くて、
不特定多数の人の前でその事柄に関する発言を大っぴらにすることを
よしとしない考え方がまだものすごく多いので、
あからさまな発言をするのはちょっと避けた方がいいんだろうなとは思いますが、
例えば江戸時代ぐらいまでは「一夫多妻制」というものがまかり通っていて、
経済力さえあれば奥さんを何人迎えてもOKでした。
今でも「一夫多妻制」が認められている国はありますよね。

でも日本では、「一夫一婦制」が法律で決まり、
「倫理観」によって婚外恋愛や婚外性行為は「不倫」(倫理にそぐわない)とされ、
有名人がそれをやっていた場合はすごい勢いでバッシングされて排除されますね。

20年ぐらい前までは
「夫婦になったら死ぬまで添い遂げるもの」的な倫理観が強くて、
離婚なんかしようもんだったら
それだけで子供がいじめられたり奥さんが後ろ指さされたりしたもんでした。

これがフランスなどでは、
婚外恋愛をしたことを責められるような風潮というか風習・倫理観はないのだそうです。

なので、婚外恋愛をしたところで「不倫だ不倫だ、弾劾すべき!失脚させるべき!」的なヒステリックな情動は怒らないという話です。


性に関しても、最近LGBTQなんていう運動が高まって来ていて
昔々みたいに「同性愛者はエイズになる」みたいなおかしな偏見は今は持たれないようになってきましたね。

そもそも性に関する既成概念、倫理観を持ち合わせていない野生動物の中には
同性愛的な(情動的及び性的)行動を示す割合は40%にも及ぶという話を聞いたことがあります。

法律もそうですが、
それよりも私たちを強く強く縛っているのは
「普通はこうでしょ」という倫理観かもしれないなあ。
なんて思う今日この頃です。

例えば結婚に関していえば、
若い男性の中には
「結婚って、奥さんの奴隷になるための制度でしょ?そんなの、したくないに決まってるじゃん。」
という発言をする人もいるのだそうです。

そういう風に解釈されてしまうのは
今の法律や倫理観が人々に与えている印象が、あんまりよくない、心地良さそうではないという証拠ですよね、きっと。

そんなんじゃあ、生涯独身率も離婚率も上がるのだろうし、
子供の出生率は下がってしまうのだろうなあ。と思います。

「当たり前」の概念を破ることで
見えてくる可能性や希望もあるんじゃないかな〜なんて
最近の私は思っていますよ。

ピンチはチャンスで
試練は成長できる良い機会と捉えれば
ひょっとしたら「不幸」は不幸じゃなかったということを知る機械になり、
「不満」は「実は満ち足りていた」ということにを知る機会になるのかもしれないな。

と
思います。

世界中が大変なことになっている今
大変なことにいなっていなかった時代の価値観をそのまま持ち続けていたら
ひょっとしたらやっていく、生きていくのが困難になってしまうかもしれないぞ?

と思います。
最近の私は。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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