打ち合わせ

昨日は古巣の東京事務所に、打ち合わせのため行ってきました。
デザイナーのKさんに久しぶりにお会いしたい気持ちもあったので、
約束の時間よりほんの少しだけ早めにいきました。

Kさんは以前よりもずっと昇進されていて、デザイン部門全体を統括する部長さんになっていらっしゃいました。

ずっとお忙しくなったみたいで、少しやつれてしまったように見えました。

お会いした時に、思わず「痩せましたね!ていうか、やつれた?」
と普通に言ってしまいました。(失礼)

社長もそうですが、
このコロナ禍の中、いろんな人たちがとても苦労して、とても苦悩して、
その形跡が表情やいでたちに深く刻まれてしまっているんでしょうね。

それもまた生きて来た軌跡なので、それを否定する気はありませんが。

ただ、見た目を保つことだけが重要だという価値観のもとにはその変化は
「劣化」的に言われるものなのではないかなと思います。
でも、
苦労して、苦悩して、努力して、無理して、頑張って頑張って、
その結果起きは変化は私は「勲章」だと思います。

グッと老け込んで見えるような状況になってしまったとしても、
それだけ頑張って踏ん張って来たという証拠なので、それを私はカッコいいと思います。

というわけで歳をとることはカッコいいことなんだ!
と、私は思っていますよ。
商談のお邪魔をしてはいけないと思い、端っこの方に座っておとなしくしていたのですが、
Kさんが
「オガワさん、この配色どう思います?」
みたいな風に話題を振ってくれましたので、話題に入らせていただきましたよ。
「そんなこと言ったら、私、その配色盗んじゃなうかもしれませんよ?」
と言ったら
「それで二人とも大火傷を負ったりしてね。(笑)」とKさん。
いつも穏やかで優しい人です。感謝。

概ねの商談が済んで雑談になった時に
Kさんに「オガワさん、お引っ越しされたんですね。」と言われたので、
「そうなんです。高円寺に。Kさんのご自宅にさらに近づきましたよ。」
と言いましたら、
「僕独身の頃高円寺に住んでいたんですよ。どの辺ですか?」
と言われましたので、今の住まいの場所を言いましたら、
「僕のかつて住んでいたところとすごく近いですね!」と言われました。

実はかつて私が大阪で住んでいたマンション、Kさんのご実家のすぐ近くで、
窓から顔を出して手を振ったら見える、ぐらいの距離だったということが以前発覚して、
ローカルネタでものすごく盛り上がったことがありました。

今は私が住んでいる場所がKさんのかつて住んでいた場所とものすごく近所だということが発覚して、
またローカルネタで盛り上がってしまいました。
みなさん「ポカ〜ん」っていう感じで、
「いや地域ネタで二人だけで盛り上がってしまってスミマセン・・・。」
となりましたよ。
(事務所内には全部で6人いました)

お仕事で知り合った方ですが、
なぜか親近感が湧く人で、
お会いすると毎回なんとなく楽しいというか嬉しいというか、
そういう感覚になる方です。

すごく頑張り屋さんで努力家の方で、
その丁寧な生き方、コツコツと努力を積み重ねる姿勢、そしてそれを全て余すことなくご自身の人生や仕事に反映されているところなど、にはいつも学ばせてもらうというか、
お会いすると心が洗われるような気がする人です。

ちょっと早めにいってお話しできてよかったな〜。
Kさんたちがお帰りになった後の私の本題の打ち合わせは結構スムーズに済みましたよ。

社長にお昼ご飯をご馳走になり
「じゃあまた」と言って帰路につきました。

早く終わったら革を買いに日暮里か浅草橋に寄ろうかな?とも思っていたのですが、
茅場町駅方面に向かってしまったので
「まあ、革はまた今度でいいか。」と思い、まっすぐ家に帰ることにしましたよ。
茅場町駅界隈は、日本の金融の中心地と言われているエリアです。
これは兜橋からの画像です。
交差点の名前が「証券取引所前」。
私たちもよく耳にする株価がどうした、とうしょういちぶじょうじょうがどうした、
そういった文言のリアルな場所ですね。
あら〜。
こんなところに東京証券取引所ってあったんですね。
古巣の東京事務所のかなり近くでした。
知らなかった(笑)。
「東証の午前の終値は・・・。」とか
「東証の午後の終値は・・・。」なんていう言葉はよくテレビで聞く言葉です。

ちなみに、古巣の東京事務所からこの東京証券取引所方面に向かって歩いて1分ぐらいの場所に、
「小網神社」という、すごく小ぶりな、すごくすごく小ぶりな神社があります。
多分敷地面積15〜30坪ぐらいなんじゃないかな?
そこは別名「銭洗弁天」と呼ばれていて、
御神水でお金を洗ってそれを大事に持っていると金運に恵まれるという謂れのある神社で、
行く時も帰りもその前を通りがかったのですが、
狭い狭い神社なので人が入り切らずに、
車道にものすごい長い列ができていました。

テレビで取り上げられるようになって人気が出て来たみたいです。
私が東京事務所に勤務していた時には、こんな行列できていなかった。

ちなみに金運や芸事や商売の神様として、
新宿の花園神社が有名ですね。
吉本興業の東京本社が、花園神社の隣の、廃校になった小学校を社屋として使用していますね。


人形町を含む日本橋界隈は
グルメの街でもあり、芸事の街でもあり、伝統工芸の町でもあり、伝統芸能の町でもあり、繊維の街でもあり、証券(金融)の街でもあり、お薬の街でもあり(製薬会社もたくさんあります)、そして風俗の街でもあり、
ものすごく賑わって栄えた江戸の中心地だったんだろうなあと思いましたよ。

実は女郎屋(今で言うところの売春宿)で有名な吉原も最初は人形町にあったそうです。
だから、人形等には超高級料亭が多いのですね。

葭(よし)と言う植物(よしずに使われるイネ科の植物)が生える湿地帯が人形町の西側に広がっていて
その界隈に遊郭が多く建ち、
葭の原と言う意味からよしわら、それが転じて吉原となったのだそうです。
その後、大火事で消失してしまったらしく、
再建されたのは台東区浅草の少し外れの場所だったみたいです。
その頃には人形町界隈がすごく賑わう中心街になってしまっていたので、
風紀を考えて、当時ど田舎だった浅草の外れに移転されたとの話です。

で、新吉原の繁栄とともに浅草の町も栄えて、
芸能や娯楽の中心地が人形町から浅草に変わっていったみたいですね。

ちなみに
料亭と割烹の違いは、「お泊まりができるかどうか」なのだそうです。
料亭は、お部屋ひとつを丸々リザーブして、好きに使っていいので、
お食事を楽しんだ後は芸妓さんを呼んで芸事を楽しんで、
お布団を敷いてもらって泊まっていってもいいのだそうです。

割烹は、おいしいお料理を楽しむためだけのお店なので、
個室でも、意味合いが違うのだそうです。

西洋風に言うとオーベルジュですかね?
それに希望すればコンパニオンの派遣サービスがある、的な?

ちなみに現代でいうところの「芸者遊び」は昔は「太夫遊び」と呼ばれていたそうで、
芸を極めた芸妓さんの一番高い称号が「太夫」だったのだそうです。

お茶屋遊びとも言われているのだそうで、
お座敷に呼ばれて、芸を披露して宴会を盛り上げる役の芸妓さんに気に入られた人だけが寝床を共にすることができたのだそうです。

それが逆転してしまって、
太夫と寝所を共にする=ステイタスみたいになってしまって、
太夫の気を引くために大枚を叩いて派手にお茶屋遊びをして
「自分は男として優れている!」という格付けのような解釈をされてしまうようになってしまって、それに男たちが躍起になってしまって、
どんどんシステムが変わっていってしまったのだそうです。

で、そんなげいこさんに対して一方的に性的サービスを求めるのは「モノを知らないやぼてん」だとされて、「おとといきやがれ」と言うふうに排除されたのだそうです。

売春宿としてシステムが確立された新吉原では、安宿では今のソープランドみたいに、
男が女を選んで、はい、セックス、っていう形だったみたいですが、
高級な見世では、模擬的ではあれどもちゃんと恋愛のプロセスを踏んで、
妓に気に入られなかったらコトをいたせなかったみたいです。

武士、いわゆる参勤交代で江戸に上がって来た田舎大名みたいな人たち
裏側が浅葱色(あさぎいろ)の着物を着ていたことから「浅葱裏(あさぎうら)」と言われて花街ではちょっと嫌がられていたのだそうです。

ちなみに「アサギロ」と言う漫画がありますが、
これは幕末の田舎武士たちが剣術を学ぶ「試衛館」を立ち上げた「こんどういさみ」と言う剣術の達人が、のちに「新撰組」と言う組織に成長していって最終的には戊辰戦争に発展したという(ざっくりしすぎ)歴史の流れをわかりやすく漫画にしたモノなのですが、
浅葱色はまさに武士の色だったと言うことから、おそらく「アサギロ」と言う題名にされたのではないかな?と私は推測します。(違っていたらごめんなさい)

関西に10年間暮らし、
東京で暮らし始めて7年
せっかく東京に来たんだから、大江戸東京の歴史や風俗、人々の暮らしについても知りたいなあと思い、
興味のある分野に関してだけですが少しずつ学んできました。
特に東東京界隈は、古くから栄えた街なので歴史が古く、
今の姿と江戸時代に栄えていた時の姿の違い、そして変わっていない部分などが混在していて
とても興味深いなあと思っていました。

それに比べたら、東京の西側、
私が今住んでいる高円寺や以前住んでいた荻窪などは
戦後に人々が住み始めて拓けた、いわゆる「郊外型ベッドタウン」だったみたいです。
それが徐々に拡張されていったっていう感じなんでしょうね。

新宿も、昔は田舎呼ばわりされて団地が立ち並び、田舎ならではの移動販売車が定期的に巡回していたという話ですしね。

今となっては日本一の歓楽街ですね。(笑)

私が蔵前に事務所を構えたときに
「皇居の東側なんかに拠点を構えちゃダメだよ!繁栄する会社はみんな皇居の西側に拠点を構えるもんだよ!」と言っていた人がいました。

渋谷区や港区みたいな、キラキラしたおしゃれタウンは魅力的で繁栄しているように見えますが、
なんだか脆いような印象があります。

実直にコツコツとお仕事をするなら、
あんまり華やかじゃない場所の方が私は好きです。

まず華やかな街は家賃がべらぼうに高いしね。

蔵前の事務所に比べたら
高円寺の事務所でさえ坪単価約1.8倍です。

渋谷や恵比寿や代官山なんてところに事務所を構えちゃったら
何倍になるんだろう???
と思うとビビりまくってしまいます。

ただ、立地の環境によるいわゆる「地の利」はあると思いますがね。
トレンドの最先端の街なので、普通に通勤するだけで、今の「流れ」がわかるので、
いちいちリサーチしなくても済むというメリットがあります。

なるほど
オットの職場も目黒駅近くだし、
歩いて通える中目黒あたりに住居と事務所を構えるのも一つの手かもしれないぞ?
なんて思ってしまいましたよ。

引っ越しませんが。
高円寺が気に入っているので(笑)。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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