週末に思ったこと

ぶっ込みクイズにはたくさんのエントリーをありがとうございました。

土曜日の朝、出勤前のホテルマンのオットと共に大量の阿弥陀籤を作成し、
厳正なる抽選の結果、
三重県のTさまが当選されました。
おめでとうございます!

カットクロスセット送らせていただきますね。
お届けまで今少しお待ちくださいませ!



ジャガード生地の編み下げが届きました。
早速写真を撮って
「見て見て!こんな可愛い生地がこれから上がるよ〜!」と
お披露目したい気持ちは山々なのですが
これは上がってからのお楽しみということにして、
ちょっと勿体ぶらせていただきますね。

犬たちに会いに朝6時ごろから(笑)遊びに来ていたムスメに見せましたら
「うわっ!可愛い!色合いが爽やかでいいね!」と言っていましたよ。


私が送った古着のニット
(結局社長が買取ということになりました。もう2度と私の手元には帰ってきません)
も社長に届いたみたいだったので、
電話で打ち合わせをしました。

鵜は鵜匠の下を離れても、ついつい鵜匠のために働いてしまうものなんでしょうね・・・。
でも、鵜は鵜界のエキスパートになった(と自分では思っている)ので
ここまで鍛えてくれた年老いた鵜匠に何かしらの恩返しがしたいと思っていますよ。

自己満足ですがね。


パッチワーク柄のニットについて

「これは確かに横なんやけど、だから、横でやったら再現することは可能なわけなんやけど、それやったら面白くないわなあ。これをシンカーでやるから面白くなるわけやし。」(社長)

「ダブルなら再現できそうなんやけど、色数がなあ。」(社長)

「シングルの方が表情豊かだから、できればシングルでやりたいねんけど、多色使いできるシングル機って12Gやろ?となると柄の印象がなあ。」(私)

「いやこれやったら7Gぐらいの方がええやろ。」(社長)

「そうやなあ。でも7Gだとダブルになってしまうやろ?(お願いしようと思っているニッターさんの持っている機械の種類的に)ダブルだと編み目の立体感がイマイチ出にくいからなあ・・・。」(私)

「せやなあ。でも、例えば使う糸の番手を変えるとかしたら立体感出すことできるで。」(社長)

「あ〜それ私も考えてた。一部の色の番手変えるとか素材変えるとか、ファンシーヤーン使うとか。」(私)

「そうそう。そうしたらダブルだって立体感出せるんとちゃうかなあ?」(社長)

この電話を隣で聞いているオット、チンプンカンプンそうな顔をしていました。

多分読んでくださっている方も、チンプンカンプンなのではないかな?と思います。
わかる方がいたら、その人は多分繊維業界の「中の人」です。
土曜日の夕方、というかほぼ夜の時間、
食材を買い出しに出かけたら商店街はものすごく賑わっていました。

高円寺は南側に古着屋さんが多く、
JR中央線ガード下および北側に飲食店が多い感じです。
南側にももちろん飲食店はたくさんありますが!

私は南側に住んでいて
事務所が北側にありますので、毎日高円寺を縦断しているような感じです。

私は通勤の時はついつい人通りが少なくてかつ最短距離を通ろうとするのですが
オットはついつい賑やかな通りを選びがちです。
で、
賑やかな通りを歩くとお店が多いので、
私がついつい引っかかりがちです。古着屋さんや花屋さんに。
季節の変わり目などは特に。

普通に歩けば15分ぐらいの距離なのですが
ついついあちこち引っかかりがちなので、
17時に事務所を出たはずなのに家に着いたら18時なんてこともザラです。

毎日歩いているので、
リサーチにもなります。

トレンドを追う系のリサーチではなく、
「わっ!こんなすごいものもあったんだ!」と未知の何かしらに出会うためのリサーチですね。

ちなみに「あっ!これいい!可愛いぞ!」と思ってテンションが上がるものは
概ね「高円寺にしては結構高いね・・・。」(しょんぼり)
となる単価だったりします。

渋谷界隈や下北沢界隈の古着よりはお買い得価格(家賃が安いからね)なのは間違い無いのですが。

で、
私が引っかかるお洋服は
手作りのものもしくはハンドワークが大活躍している製品が多かったりします。

つい先日もとっても可愛いカーディガンを見つけてテンションが上がっていたのですが
(物欲の塊だな。オガワぁ!)
「今持っているお小遣いじゃ買えないよ・・・。」という価格だった上に、ハンドニットでした。

古着な上に手作りということは今後2度と出会えない一点ものだっていうことで
「欲しい・・・。」「でもお小遣いが足りない・・・。」と胸が焼けるような葛藤をしました。

でも
「先立つものがないとダメだよね。」ということで諦めました。

「きっとまたこの先探していればもっと素敵なものが見つかるだろう」(マッキー)
ナンチャッテ!

それぐらい、今の日本の世の中にはモノが溢れていて、
それらを追い求めていたらキリがないぐらいだっていうことなんでしょうね。

本当に好きで本当に大事にし続けていけるものを、
精査し続けていく必要があるんだろうなと思います。

必要最小限のものさえあれば人は生きていけるのに、
それ以上のものを何かしらの欲で求めてしまいがちですよね。私たち人間は。

「承認欲求」のためか、「映え」のためか、もしくは「トレンド」のためか。

でも、本来廃棄されるはずだったお洋服を、
お買い得価格で放出している高円寺は、
エコに貢献している街なんじゃないかしら?なんて思いますよ。

同じクオリティーのお洋服、
神宮前や中目黒や下北沢では数倍のお値段で販売されていると思うので。
(お家賃の違いですかね笑)

緊急事態宣言が解除されて、
それでも新規感染者数が低めで推移している今、
「第6波は必ず来る」と言われていますが、
またお気に入りの古着屋さんや高円寺情報をちょいちょいとご紹介していけたらいいなあと思いますよ。
ひだまりの中でヘソ天で爆睡しているクマちゃん。
クマは9歳でソラは来月16歳になります。

ソラは犬の平均寿命を超えて長寿なので、
だとしてもこの先3年も5年も生きるとは思えません。

「これから1〜2年が勝負じゃないかなあ。老犬介護は大変だよ。でも最後までちゃんと付き合おうと思う。」
とムスメに言いましたら、ソラが死んだ時のことを想像して泣いていました。
涙の量が多いほど、彼らと一緒に過ごした時間が楽しくて幸せなものだったんだと私は思うので、それをいけないことだとは思いませんでした。

「癒しを求めて」安易にペットを買うと
「こんなに大変だとは思わなかった」と安易に廃棄したり放棄したりしてしまいがちなのかなと思います。

ペットを飼うのはとっても手間がかかって大変です。
得られる癒しよりも与える愛情や手間隙の方が圧倒的に多いです。
健康に育って欲しかったらある程度の品質のプレミアムフードを与える必要があります。
フード代をケチって安いものを与えたら病気になりがちになります。
そうすると病院代がかかってきます。

動物保険というものも今はありますが、生涯にかかる医療費と月々支払う動物保険、
生体が生きている年数で割り返したらトントンか、動物保険加入の方がちょっと高いかな?と思うぐらいの金額だなあと思いました。

月々薄く伸ばして積み立てして、それを老後に使うような感覚なんでしょうかね。

私は動物保険は加入していません。

ソラは殺処分寸前の犬でタダでもらった犬だし、
クマを買った時も動物保険があんまり一般的に普及していなかったので。

ヨーロッパではペットを飼う際、審査を受けることが必要なのだそうです。
まずは経済状況。
そして住んでいる物件が持ち家かどうか。
賃貸でもペットがOKな物件なのかどうか。
そしてペットを長時間放置しなくていいような状況なのか。
(仕事が忙しいならペットシッターを雇う余裕があるのか。)
など。

で、審査に通ったらブリーダーさんのところへ行って子犬を譲ってもらうのだそうです。

大型犬はほぼ全員が訓練所に入るそうです。
なので、
購入が決まっても家に迎え入れることができるのはその数ヶ月後なのだそうです。

日本には昔から
「ガキ畜生」という言葉があって
子供と畜生は大事にしなくてもいいみたいな風潮があります。

昔々、中学生の頃に「読書感想文」の課題として強制的に読まされた「次郎物語」という本にも似たような記述がありました。
「子供は増長させてはいけない。」
と。

その一言がものすごく印象的だったので、今も覚えています。
他の内容は、あんまり覚えていません。結末がどうなったのかも覚えていません。

飼育放棄
育児放棄
動物虐待
児童虐待

最近は子供の貧困が取り沙汰されています。

「仕事がなくて子供にお腹いっぱいご飯を与えられないので子ども食堂の食糧支援は助かっています」とテレビの取材を受けている
母子家庭だというお母さんが
かなりのぽっちゃり体型でした。

自分は太るほど(もしくは痩せないで済むほど)摂取しているのに、
子供にはお腹いっぱい食べさせてあげていないという事実がその映像に現れていました。

「子供ができれば夫が変わってくれるかな?と思って子供作った。」
と言っていた奥さんがいました。
時々顔にアザをつけて目を赤く腫らしていることがある人でした。
結局その夫さんのモラハラやDVは変わらず
「もう一人産まれたら変わるかな?」
なんてチャレンジしようとしていました。

その人を
私や当時仲良くしていた人たちは思いとどまるように説得しました。

彼女は私たちをうっとおしがり、家族ごと遠くへ引っ越して行ってしまいました。
問題は自分自身の中にあるのに、それに向き合おうとせずに自分以外の誰か、もしくは何かを対象にすることで問題解決したかのように解釈したがる傾向が今の日本には多いような気がします。

件の彼女の場合の本当の問題は、
モラハラ夫やDV夫や借金夫から「離れようとしない自分自身」だったりするんじゃないかな?と私は思います。

殴られてお岩さんみたいなった顔を髪の毛で隠しながら、
おしゃれなお洋服を着て平気そうな顔を周囲に振り撒く努力の代わりに
子供を守るために独立・自立する努力の方が
清々しくて気分がいいのではないかしら?と私は思うのです。

「夫を変えるため」に作られて産まれてきた子供が大きくなってその事実を知ったら
たまらんのではないかしら?と思います。


「コロナでイライラする気持ちを癒してもらうため」に購入されて
「思っていた以上に手間とお金がかかるから」と言って飼育放棄されてしまうペットたちも、言葉は発しませんが同じようにたまらんのではないかしら?と思います。




正直、
私はチワワなんて犬はポメラニアンに並んで大嫌いな犬種でした。
キャンキャン無駄吠えが多いし、プライドが高くて我儘だし、抜け毛は多いしフィジカルは弱いしメンテナンスに手間もお金も他の犬種よりもずっとかかるし。

でも殺処分寸前だった人間不信のソラを迎えて一緒に住んで
一生懸命躾をして一生懸命お世話をしてきました。

今は獣医さんに褒められるほど「穏やかで賢い犬」です。
あんなに人間不信だったのに、今は人好きで、誰に対しても笑顔を振りまいてたくさんの人たちから可愛がられています。

そして何よりも
ソラが死んだら私とオットとムスメのダメージは計り知れないものなんじゃないかなと思います。

でも、
命を預かるって、そういうことなんじゃないかなと思います。
そのリスクも含めて
「家族として迎え入れる」ことであり、
「命を預かる」ことなんじゃないかなあ?と。



「廃棄動物の保護活動にご協力をお願いします。」
と募金活動をしている人に、
お金をチャリーンと落とすことはとても簡単なことです。
それで「自分はとても親切な人だ」と感じて自己陶酔することはとても簡単なことです。

でも本当は
動物を廃棄しないことが一番重要なんじゃないかな?と思います。

そして
廃棄されてしまった動物を引き取って家族になってお世話し続けること
その大変さを誰のせいにもしないこと

がとっても重要なんじゃないかな?と思います。

日本はまだまだ「自己都合」でいろんな行動をする人がとっても多くて
それは「先進国」ではあっても「成熟した社会」とは言えないんじゃないかなあ?と私は思います。

経済的に豊かな国だからこそ、
浸透しにくい精神性、みたいなものもあるのかもしれません。

好きなことをやって生きていきたいと望んで
ものすごく経済的に貧乏だった若い頃、
精神的及び(何故か)物質的にものすごく豊かだったなあと
今思い出してもそう感じます。

金銭的及び物質的に豊かになりすぎると
何かしらの歪みが社会全体で起きてしまうのかもしれませんね。

最近私は
「ビンボーアゲイン!」「ビンボーになろうよ!」と
仕切りにオットに働きかけています。

変な話ですが(笑)。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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