ワクチンを打って考えた

昨日は念願の第一回目ワクチン接種に行ってきましたよ。
自宅から歩いて10分ぐらいの場所にある、大型接種会場でした。

会場の規模とキャパの割に接種を受ける人の数は少なく、
閑散としていました。
ワクチンが足りないからなのか、
密を避けるための対策を講じられているからなのか・・・。
青梅街道という大きな通りと環状線が交差する場所は、立教になっていて立体交差になっています。
青梅街道は交通量がとても多い大きな通りです。こっち方面に20〜30分ぐらい歩くと以前住んでいた荻窪に着きます。
ワクチン接種はつつがなく終了しました。
接種してくれる女性に「大丈夫ですか?不安とか質問とかありますか?」
と聞かれましたので、
「案ずるよりも生むがやすしっていうし、なるようにしかならないと思うので大丈夫です」
と答えたら、
「そうですね!」と言って笑っていました。

筋肉注射って、昔も受けたことがあったので、
どんな感じかのおおよその想像はしていました。
が、
なんの疾患で筋肉注射を受けたのか、忘れてしまいました。

腎盂炎の時だったかなあ・・・。
薬液も多くて針も太かったように記憶しています。
注射する前に「筋肉注射だから痛いよ。」
と言われて打たれたのですが、本当に痛かったです。
それに比べるとワクチンの注射器は針が細くて薬液も少なく、
びっくりするぐらいに抵抗がなかったです。
「あらっ!もう終わっちゃったわ?」
という感じでしたよ。
自宅から徒歩10分と言っても、普段の生活圏とは逆方向でしたので新鮮で興味もありました。
15分の待機時間を終えた時にはちょうどお昼頃でしたので
オットに「お腹空いてる?何か買って帰ろうか?」
とラインしました。
少し歩くと、伊勢丹系列のちょっとだけ高級なスーパーがあるので、
何かしらの美味しいものがあるんじゃないかな?と思いました。

するとオットから「そのお店見てみたいから合流する」との返事でしたので
スーパーで合流して何かしらの美味しいものを探しました。

店舗面積がなかなか広くて商品はとても豊富でした。

スーパーの混む時間は概ね夕方のようで、お昼頃のお客さんは閑散としていました。
レジも2台しか稼働していなくて、レジに並ぶ人もほぼ皆無でした。

二人の頭の中には何故か「刺身が食べたい」の文言が浮かんでいたのですが
行ったスーパーがあまりにもお上品すぎるせいか、
鮮魚コーナーは「この規模のスーパーにしてこの売り場面積は狭いね????」
と思うほど、
「チマっ!」としていました。

おセレブは生魚なんて召し上がらないのかしら?
(日本人の魚離れ)

でも、初物の北海道産秋刀魚が丸物として出ていましたので、
それを購入しましたよ。
「加熱用」と書いてなかった上に目が透明で体表もしっかりとしていましたので
「これは刺身にできるね!」と喜び勇んで買いましたよ。
さすがはおセレブスーパー。
いつも行くお店ではまだサンマは並んでいないので。

帰り道、少し遠回りして、いつもの八百屋さんに行きました。
先日、出勤途中にいつもの八百屋さんの前を通った際に、
孫さん(おじいちゃん、お母さん、孫さんでやっている八百屋さんです)が鋏状のもので栗の皮を剥いているのを見て
興味を持ったので話しかけてみたら
「栗の皮むき器」なるものが存在していて、
それで栗の皮を剥いて販売しているとのことでしたので
面白がって体験させてもらったんです。

で面白くて気に入りましたので
お気に入りの金物屋さん「稲毛屋」さんに行き、
「栗の皮を向くハサミ状のものはありますか?」と聞いたら店主の方
「これかな?」と出してきてくれました。
さすがは「ないものはない」「ドラえもんのポッケ」と言われている稲毛屋さんです。
せっかく栗の皮むき器を買ったし、栗を買って帰りたいねえ。
ということになりました。
ちなみにおセレブスーパーには生栗は売っていませんでした。
おセレブは栗なんかご自分でお剥きにならないんですかね。

店頭にはおじいちゃんがいましたので、
「栗カッター買ったんだよ!」と言いましたら
「あ〜孫がやってた栗剥きだね!ハサミ高かったでしょ!あれ、時間かかるよ〜!大変だよ〜!」
と言っていました。

せっかくなので、良い栗(おじいちゃんがお勧めしてくれた美味しい栗)を買って帰りましたよ。

しばらくぬるま湯に浸けて皮を柔らかくして
鬼皮を栗剥き器で剥いて、
他の部分は手で剥いて(一瞬でパカっと剥けました)、
渋皮はいつも通り包丁で剥きました。

前回よりもずっと早く剥けました。

渋皮を剥くときに、栗が乾燥してしまうと硬くなってしまって包丁の歯が立たないので
硬い皮を剥いた後も水につけておくと良いかも。と思いましたよ。

次回はそういうふうにしてみようかな。

剥いた栗は水にさらして灰汁を抜き、ざらめを加えて軽く茹でました。

で、
あとは
圧力鍋に洗った餅米とちょっと茹でた栗と、ちょっと少なめの水と料理酒、
塩と醤油と出汁昆布と鰹出汁をぶっ込んで
普通にご飯を炊くぐらいの感覚で炊きました。

おこわを炊くのは初めてだったのですが、圧力鍋を使うとめちゃくちゃハードルが下がることがわかりました。

ちょっとだけ味見をさせてもらいました。
八百屋のおじいちゃんが「美味しいよ。」と言った栗は
ホクホク感と栗栗感がすごくて、それにモッチモチの餅米の甘味と出汁の旨味が相まって本当に本当に物凄く美味しかったです。
ああ、これが思いっきり食えたなら・・・。(低血糖症なので無理)

ちなみにワクチン接種の影響か、ぼーっとしていたので、
栗おこわの写真はなしです。
撮ればよかった。(後の祭り)

「こういう美味しい栗が、おしゃれなパティスリーで高級モンブランに使用されるんだろうなあ・・・。」
と思いました。
栗おこわで力尽きた私に代わって、オットが秋刀魚をおろして刺身にしてくれましたよ。
頭と内臓を取ったところです。
北海道の漁港のまちで生まれ育ったオットは新鮮な生魚が大好きです。
先日生まれて初めて包丁で魚をおろしたとは思えないぐらいに鮮やかに秋刀魚の刺身に仕立ててくれましたよ。

ムスメを呼んで、「秋の味覚まつり」を開催しましたよ。
3合のもち米を炊きましたが
残ったおこわは娘が持って帰りました。

秋は美味しいものが山盛りですからね。
次はさつまいもおこわかな。
そして、松茸おこわかな。

そしていくらも漬けなくちゃ。

夏にエネルギーを失った体に、
秋はとってもたくさんの滋養をくれますね。


ワクチンが行き渡ったらコロナ禍は収束するのかな?と思っていました。
デルタ株でも十分恐ろしいと思っていましたが
新たな変異株μ株が増えてきているみたいですね。
なんでもワクチンが効かないとかなんとか・・・。

なんでもどっかの日本の副総理みたいな役職についているおじいさん
(ギャング風のいでたちが最近お気に入りみたいな人)が
日本のコロナは終息して世界中から評価されるだろう的な発言をしたとかしないとか。


最近、次の総理大臣を決めるための「党内選挙」が行われようとしていて
色々な議論や憶測が飛び交っているみたいですね。

「ワクチン大臣のK君は総理になるにはまだ早い」みたいな意見が出ているとか出ていないとかそういう話も聞きますが、どうなるんでしょうかね。

イギリスではコロナ対策のための財源を確保するために増税を決定したなんて言っているようです。

日本も財源は枯渇しているはずなのに(というか元から赤字)
何やら「消費税減税」を旗印に次の議員選挙を戦おう、的な意見もあるとか無いとか。
財源がないのに減税したらどうなっちゃうんだろう・・・?


子供に教育費がかかるようになってきて
お父さんの収入は思うように伸びなくて
家計が苦しくなってきたから、お母さんがパートに出て家計を支えるなんていう話はよくあるんじゃないかなあ?と思うのですが、
出費が増えて家計が苦しいのに
「俺、給料減らすように出勤時間を削るよ!」
って言い出したら、家族の構成員はどうなっちゃうんでしょうかね?
子供達の習い事をやめさせますかね?
塾を辞めさせますかね?



私たちの苦難の生活は
どうもまだまだ続きそうですね。

でもこれは
今の地球上にコロナウイルスが存在しているせいであって
どっかの国が新型コロナウイルスを開発したのだとしたら(陰謀論)その国のせいであって
それに翻弄されてオタオタと狼狽するお爺さん達のせいでは、ひょっとしたらないのかもしれません。

私たちは苦労や苦痛を余儀なくされていますが
それはコロナウイルスに感染しないために自分の意思で自分の身を守るためのことで
それによって受ける苦痛の責任を誰かに取らせようと思っても
その矛先は存在しないのかもしれません。

飲食店に関しても
営業自粛要請は出続けていますが
遵守しているお店もあれば守らないで営業して酒類の提供をしているお店もあります。

遵守しないで、酒類の提供をしていたお店の店主が新型コロナウイルスに感染してしまったとして、
その店主は国に対して責任を求めるか?と考えたら多分、求めないと思います。

なんだかこれからは
自己責任の時代になってくるのかなあ・・・。
と思います。

テレビを付ければ、「新型コロナウイルスに感染して入院できずに苦しんでいる人たちの現状」的な暗いニュースか、
もしくは「おでかけしましょう!今はこれがトレンド!」的な「経済を活性化するための情報」
もしくは
「より安く、より経済的に暮らす裏技の情報」など
すごく極端になってきているような気がします。

テレビの情報を見て「いいな」と思って出かけて、それで感染して大変な思いをしたからって
その情報を流したテレビ局を訴える人はいないと思います。

「何を信じて、どのように行動するのか」を決めるのも自己責任だし、
「それによって被った不利益や苦痛」がもしあったとしても、それに対しても自己責任。

誰かのせいにできない時代がやってきているんですね。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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