たかが寿司で資本主義を語る(うざい話)

ウニはおそらくバフンウニ。でもちょっとミョウバンの味がしました。仕方ない事だけど。
お休みの昨日、お昼にムスメとオットと一緒に回らないお寿司を食べに行きましたよ。
私はお寿司、食べれませんので、お刺身など
私が食べれるものを注文していただきましたよ。

緊急事態宣言が明けて、
ムスメのお友達たちが池袋にお寿司を食べに行こうと言う計画を立てたのだそうです。

ムスメは「池袋は人混みが怖いからちょっと。。。」
と言って断ったのだそうです。
「緊急事態宣言が解除されたって言っても、コロナ怖いもん。
感染したら7月の手術受けれなくなっちゃうしね。」
と言っていました。
我がムスメながらグッジョブだぞ。と思いましたよ。

でもお寿司が大好きなムスメ。
「ね〜ママ、突然ですがお寿司が食べたいって言ったら困る?」
とLINEが来ました。

ちょうどオットと二人で
「お腹が空いてきましたねえ、じいさんや。」
「そうだねえばあさんや。何を食べようかねえ。」
と話していた時だったので

「マナがお寿司食べたいんだって〜。」
と言いましたら
「えっ!お寿司!」とオットの顔が喜びの表情になりましたよ。

「二人で回転寿司でも行っておいでよ。」と最初は言ったのですが
「高架下のお寿司屋さんだったら刺し盛りとか一品料理もあるよ」
との話でしたので
「じゃあみんなでそこへ行こうか。」
と言う事になりました。

3人での入店だったのでお酒は注文できなかったのですが
(昼間から飲む気だったのかよ)
頼んだものは全て新鮮で美味しくて
娘はしきりに「う〜ん。美味しい!」と言って喜んで食べていましたよ。

感染対策を徹底していて
真面目で良いお店だなあと思いましたよ。

高円寺ではもうすでにそんな感染対策を遵守していないお店が山のようにあるので。

北海道の漁港の町生まれ&育ちのオットにも「どう?」と聞きましたら
「どっかのざんまいよりもずっとマシ。」と言っていましたよ。
(マシって。。。評価厳しいなあオイ。)
シャリが絶妙とムスメもオットも言っていました。
甘味と酢と塩味のバランスがちょうど良く、
口に入れた途端にフワッと崩れるのだそうです。

ランチセットもあったみたいですがお好みで頼みました。

カウンターだけの高級寿司店ほどは高くなくて
カジュアルな雰囲気で明るい店内で
トコトコ歩いて行ける範囲内でこんなに美味しいものをいただけるなんて
すごくいいね!
と思いましたよ。

多分、この先「寿司」といえば
「あの高架下のお店に行こうか!」となるような気がします。

余談ですが
先日のムスメの誕生日の時に
オットとムスメがお寿司をテイクアウトで調達しに行ってくれた時の話。

お気に入りの立ち食い寿司屋さんが自粛中で営業していなかったので
どっかのざんまいでテイクアウトを注文することにしたのだそうです。
「いつもの立ち食い鮨屋さん自粛中だった」
とLINEで連絡を受けたときに
「じゃあどっか港の回転寿司屋さんは?」と提案したのですが
オットが
「どっかのざんまいにしてみるよ。」
と言ったのですが

その時ムスメが
「大丈夫?ママ、ある程度の基準を満たしてないと怒り出すよ?」
と言っておののいていたのだそうです。

東京に来てすぐの時、
お相撲の街両国に住んでいたのですが
隣町の錦糸町に映画を見に行った際
「お腹が減ったね。」と言うことで
映画館の入っている複合商業施設の中にある回転寿司屋さんに入りましたら
行列ができるほどの人気だったにもかかわらず
お値段ばっかり高いのに納得も満足もいかないお味でしたので
1〜2皿食べて「出よう。」と言ったことがありました。

その時ムスメは
「え、せっかく並んで入ったんだし、お店の人に悪いからもっと食べてから出ようよ。」
とお店側に気を遣っていたのですが
「美味しいと感じられないものを、無理して食べてクオリティの割に高いなあと思いながらお金を払うことは良い消費活動ではないと私は思うよ。
そう言うのは無駄な出費というものだよ。」
と言って娘を説得して店を出ました。

ムスメは「ママ怖え」と思っておののいたそうです。

でも、店を出た時に娘に
「あのお店のお寿司、美味しいと思った?」
と聞きましたら
「いや、なんか生臭かったし、あんまり美味しいと思わなかった。」
と言っていました。
「で、そのまま食べ続けてお腹いっぱいになったとして満足できたと思う?」
と聞きましたら
「いや多分、高かった割に全然満足できなかったな〜って悲しい気分になると思う。」
と言っていました。

「並んでまで席に座って、お客さんがすぐに席を立つってことは、
お店に対しても大事なことなんだよ。
値段の割に満足のいかないクオリティだった場合は
すぐに席を立つことで自分のお金を守る権利っていうのも我々にはあるんだよ。
『あれ?気に入らなかったのかな?』と捉えるのか
『なんだあの客は!失礼だな!』と捉えるのかは店側の自由だよ。
マナは失礼な客だと思われたくないからもっと食べようよって言ったんだと思うんだけど、
資本主義社会ではみんなが自由なんだから、
納得のいかない消費を無理してする必要はないと私は思うよ。
そんな思いをするぐらいだったら、お家に帰って近所のスーパーで美味しいものを買って食べた方がずっとハッピーだと思わないかい?」

と言いました。

納得しないものに対して
妥協してお金を出すと
「なんだか損したような気分」になるのが人の心理なんじゃないかなと思います。
実際にムスメも
「あのままお腹いっぱいになるまで食べてたら、せっかくお金払って食べたのに、なんだか損した気分になってモヤモヤしてたと思う。」
と言っていました。
でもお店の人に「なんだ失礼な客だな」と思われたくなくて
気を遣って「もっと食べようよ。」と言ったのだそうです。

まあ、わかります。その気持ち。
自分の意思を明確に表明するって、勇気のいることですもんね。

でもそれが安いものだったら
「まあ仕方ないか。安かったし。」
という「理由(言い訳)」をつけて
自分を納得させようとしがちなんじゃないかなと思います。

だから、ファストファッションや百円ショップが大流行しているんじゃないかな〜と
私は思っています。

昔々、一人暮らしの貧乏学生だった時に
カトラリーを無印良品で買いました。
大きめのフォークとスプーン。
一本4桁していて「高いなあ。。。」と思いながら各2本買いました。
ぽってりとしたフォルムで手の馴染みが良くて
使い心地が良くてとっても好きでした。

それから十数年経った時に
ムスメの友達が泊まりに来る機会が増えたので
カトラリーを買い足すことにしました。
で、
お気に入りのあの使用感を求めて
また無印良品でフォークとスプーンを買い足しました。

そうしたら
随分と薄っぺらく軽くなっていて
手の馴染み感もフォルムのかわいさもどこかへ行ってしまったような
なんだか納得できないものになってしまっていました。

え。。。と思いましたが必要に迫られていたので買いました。

左が貧乏学生だった頃(30年ぐらい前)に買ったフォークとスプーンです。
右が10年ぐらい前に買ったフォークとスプーンです。
同じ無印良品です。
柄の部分の厚みが全然違います。
手に持った時のバランス感覚も全然違います。

昔のスプーンは
食べ物をすくった時にも
柄の部分の重みでバランスが取れるようにぽってりとした厚みと重さがありました。

新し目のスプーンは
そのバランスを取る役割を
使う人の親指で補ってもらうように、
柄の先端が外側に向けてカーブしています。

無意識のうちに
左側のカトラリーばっかり使っています。

だってこれを使うと
手が喜ぶから。

右側を使うと
若干の違和感を感じてしまうので
持つ時の手が
嫌がるんです。
手に持った時に
「あっ!新しい方を使ってしまった!」と思ってしまうほどの違いがあります。

左右の画像を見比べてみていただくとわかると思うのですが
新しめのカトラリーの方が若干小さめになっています。

これって使用する金属の質量をできるだけ減らして
販売価格を抑えようとした結果なんじゃないかなと思います。

見た目のフォルムがとてもよく似ていても
使用感は全く違います。

見た目さえ美しければいい
安くないと売れない

そういう強迫観念が最近の時代の日本にははびこっているように思います。

SNSでいいねをもらうために必死で頑張る人が増えているとか
SNSのフォロワー数が自分の存在価値であるかのように
リフォローを稼ぐためにめちゃくちゃな数のフォローをして
「フォロワー数◯◯◯◯に達しました!」とアピールする人とか
そういうのもなんだか
強迫観念的に見えてしまう今日この頃です。

「人からどう思われるか」を気にすると
見栄えばかりを気にして
流行を追いかけてしまいがちになってしまいます。

見栄えや流行、他者から承認してもらうことばっかりを念頭に置いて行動したら
限りある収入の中で
「できるだけ安くて見栄えの良いものを」的な考え方
いわゆるコスパばかりを追いかけてしまいがちになってしまうんじゃないかな?
と私は思います。

無料レジ袋が廃止になったのは
プラスチックごみを削減するためのアクションだったはずなのですが
テイクアウトでプラごみになり得る発泡スチロール容器の消費が増えいて
しかもそのごみをその場に置き去りにされてしまった様子もかなり目立ってきています。

そういう人って
うんこしても自分のお尻拭かないのと同じことですよね。
よく平気でいられるなあと思います。
お尻、かぶれちゃうよ?

100円ショップや無印のプラスチック製の収納道具が大流行していて
結局プラスチック製品の消費は年々ものすごく増えているのではないのかしら?
と思う今日この頃です。

メディアもそれを助長しているように見えます。

「SDGs」を謳って「プラごみを減らす努力をしましょう!」と謳っているテレビ局が
同じ番組で「100円ショップの今のマストバイなお手軽収納用品!」なんて情報を流しています。

「え、プラごみ、増やしたいの?減らしたいの?どっちなの?」と思ってしまいます。
(プラスチック製品は紫外線や空気に触れると劣化が進み、有害物質が出てきてしまうので数年に一度買い替えることが望ましいと言われています。なのでドイツなどのエコ先進国ではプラスチック製品は極力購入しないように小学生のうちから徹底的に教育されます)

まあ、そのメーカー企業から宣伝費用をたくさんもらっているから
そういう番組編成になってしまうんでしょうね。

東京オリンピック会場で
酒の提供をするということになって
そこにはスポンサーがビール会社だったから
何らかの圧力もしくは忖度が生じていたみたいなのですが
それに対して
「飲食店には規制を強要していてオリンピックだけ酒オッケーってどういうことだ!」
的な民意がSNS上で爆発して
結局酒の提供は無しになったみたいですね。

昔は人々の意見が、なかなか表に出ることがなかったし
大声で自己主張をすることに抵抗がある日本人は
その思いや意見が無視されがちだったのですが
SNSの普及と発展によって
民意がダイレクトに表沙汰になるようになったのは良いことなんじゃないかな〜と
私は思いましたよ。
(承認欲求を満たすためだけに利用して色々不具合が出るというよくない面ももありますが)

絡み合う利権
後回しの人権
毒で作るエネルギー
今日も編集されたニュース
見えない恐怖の雨



まさにその通りだと思います。


さて
ここで久しぶりにぶっ込みクイズです。

このフレーズは前にもぶっ込みクイズで使用したものなのですが
今の世の中ってまさにそのまんまで
この曲がリリースされたのって多分2011年の震災直後だと思うのですが
10年も経った今もまだ全然変わっていない今の日本社会に対して
「全然進歩できていない私たちってどうなのかしらね?」
という疑問を呈する意味でも
再度ぶっ込ませていただきます。

これは誰のなんていう題名の曲の歌詞でしょうか?

こちらからご応募くださいね。
次の日曜日が終わる時まで受付させていただきますね。

「いつもあけすけに繕うことなく自分の意見を言われていて
それに対する反動も大きいだろうし大変だと思いますが」
というご意見も多数いただきますが
発言してもしなくても
それによって圧力を受けても受けなくても
自分の意見とか意思って変わるものじゃないし

表に出そうが出すまいが
ここにこの思いを持った人間がいるという事実はなかったことにはできないので
まあそんなにたくさんの人に閲覧されているわけではない
この世界の片隅の
このちっぽけな店の
このちっぽけなブログで
ささやかながら発言させていただきますよ。

これからも。

投稿者: wildberryshopblog

Wildberryという生地のネットショップの店主です。

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